航空自衛隊が働きにくいと感じたことはそれまで1度もなかった。ところがいまやこの組織から自分が全否定されているように感じられ、佐々木は身体から力が抜けていくようだった。
「こんなに肩身の狭い思いをするくらいなら、どこかに転職するしかないのかな」
自衛隊を辞めても行くあてなどなかったが、半ば捨て鉢にそう思い始めていた。そんなとき、防衛省職員の回覧メールに、「メンター制度のご案内」があるのに気づいた。
「メンター制度」とは、業務上の困りごとや精神面で悩みを抱く若手(メンティー)に、年長の助言者(メンター)が寄り添ってアドバイスするもので、大手民間企業を含め、働き方改革の一環として霞が関の各省庁でも導入されている。
当時空自では人事計画課がこれを担当していた。助言するメンターの登録希望者はあらかじめ人事院の養成講座を受け資格を得ておく。そのなかからメンティーの相談内容に相応しい人物を引きあわせるシステムだ。
大まかな条件としては、メンティーが置かれている環境に近くて、なおメンティーの指揮系統に属さない人物。佐々木の場合だと、空幕での勤務経験と育児経験がある者、となる。
「この人って、もしかして神?」
その当時はまだ試行段階の制度だったが、佐々木は藁にもすがる思いで、担当部署のアドレスにメールした。
制度開始間もないこともあってか、マッチする相手が決まったのは2カ月後の6月だった。その日のうちにメンターとなる先輩の女性自衛官から内線に電話があり、予定を合わせてランチミーティングとなったのだ。
彼女は正午にやってきた。話してみて、佐々木は驚いた。大して現状をさらけ出すまでもなく、あなたの悩みなど先刻承知とでも言いたげに、彼女は笑顔で事のあらましを理解し、幾度も共感してくれた。そして明快に導いた。
佐々木は心の中で叫んだ。
〈この人って、もしかして神?〉
佐々木が頼みとしたのは防大40期の金野浩子1佐だ。大谷三穂、吉田ゆかり、弥頭陽子らと同じ女子1期生のひとりとして、防大という“男の城”で散々もがいてきた女性。当時、空幕人事計画課に所属していた金野は、航空自衛官全般の勤務実態にも通じていた。
その金野の目に映る佐々木には、まるで生気が感じられなかった。
そのときの様子をこう思い起こす。