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明暗を分けた“視聴者投票”というシステム

 午後6時34分より、テレビ朝日でM-1グランプリの生放送が始まった。そのオープニングで、敗者復活戦の結果発表が行われた。16組は番組開始に合わせ、再び舞台上に集結していた。

 その集団の最前列にいたのは、延べ200万人による視聴者投票の結果、上位二組に残ったプラス・マイナスとミキだった。岩橋が回想する。

「嬉しかったですね。全国ネットの、注目されてる番組に出られたのは、初めての経験だったので」

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 ミキは結成7年目の兄弟漫才師だ。兄弟ならではの呼吸で掛け合うスピード漫才は早くから評判で、17年のM-1で3位に入賞。それをきっかけに一躍、全国区になった人気コンビだ。ミキはステージ上で人知れず風圧と戦っていた。兄の昴生が思い出す。

「後ろの芸人仲間は、『プラマイ行け!』という雰囲気でしたね。ラストイヤーですから。僕らもプラマイさんに負けるなら、100パーセント、勝った相手を応援できると思ってました。でも、僕らも行きたいし、舞台では全力で戦いました。なので、僕らもめちゃくちゃ自信ありましたよ」

インタビューの8割方は岩橋(右)が話した

 プラス・マイナスとミキの4人は、体の前で手を組み、何かにすがるような表情で発表を待った。

 スタジオで黒いタキシード姿の今田耕司が、敗者復活戦を勝ち抜けたコンビ名を高らかに読み上げる。

「……エントリーナンバー、2071番、ミキーっ!」

 信じがたい結末だった。だが、審査員の一人、オール阪神・巨人のオール巨人は冷静だった。

「二組に絞られたとき、ミキだと思ったよ。視聴者投票は人気投票になるから」

 全国的にほとんど無名のプラス・マイナスにとって視聴者投票というシステムは、そもそも不利だった。

 プラス・マイナスの敗退を目の当たりにし、M-1とはなんと残酷なのだろうと思った。あれだけの漫才を見せてくれたコンビを袖にするとは。ラストチャンスだったコンビへの落選通知は“死刑宣告”に等しい。

 第14回大会は、最終的に、結成からわずか5年の霜降り明星が25歳と26歳という史上最年少で優勝を飾った。彼らはその後、一気にスターダムにのし上がった。一方、40歳を超えたプラス・マイナスは千載一遇のチャンスを逃し、今も人気者になりたいとあえいでいる。

 光と陰。そのコントラストが強烈過ぎた。だが、その恍惚と絶望こそがM-1をM-1たらしめてもいるのだ。

 今も頭を離れない「もし」がある。昨年の決勝の場に、もし、二人が立っていたならば――。

 オール巨人が言う。

「最終決戦まではいっとったやろ。ひょっとしたら優勝しとったかもしらん」

 お調子には聞こえなかった。屋外という不利な条件下で、あれだけ会場を沸かせたのだ。あのパワーと勢いがあれば、スタジオではさらなる大爆発を引き起こしていたのではないか。

 それにしても、不思議でならなかった。あれだけの漫才ができるのに、なぜ彼らはそれまで決勝の舞台に立つことができなかったのだろう。

(文中敬称略、#2へ続く)

笑い神 M-1、その純情と狂気

中村 計

文藝春秋

2022年11月28日 発売