出だしは、兼光が得意とするフリーザのモノマネだった。「殺しますよ」が決め台詞の名作漫画『ドラゴンボール』の悪役キャラクターだ。兼光が言った。
「フリーザ様ですよ!」
「やめてくださいね。大事な舞台ですから」
「私たちを復活させなかったら、殺しますよ!」
「やめろ、いうてるやろ」
M-1の敗者復活戦という緊迫した雰囲気を軽く茶化したことで、会場の空気が初めて和んだ。M-1は演者の真剣度が伝わり過ぎ、客までが緊張してしまうことがある。岩橋が言う。
「僕ら、M-1で負けるたびに言われてたんです。『いつも通りやったらええんや』って。『力み過ぎや』と。だから最後は、漫才って本来はただおもしろいもんなんですよっていうことを伝えたかった」
途中、兼光が、ウグイス嬢のアナウンスが球場内にこだまする様子を再現するシーンがある。
「イチバンバンバンバン(一番)、センセンターターターター(センター)、サイサイサイトウトウトウ(斉藤)、セバンバンゴウゴウゴウ(背番号)、イチイチイチイチ(一)……」
あまりの巧みさに、客が一気に物語の中に引き込まれる。岩橋はこのとき確かな手応えを感じていた。
「これは行けるな、と。ほんと、会場の空気が神宮球場とか甲子園にいるような感じになりましたから」
このネタはプラス・マイナスらしいド直球ネタだったが、既述したような模写を多用するため「モノマネ」ネタと受け取られかねない。そのため、これまでM-1の舞台ではほとんどやったことがなかった。だが、敗者復活戦は視聴者投票で順位が決まる。その審査方法が“見えない鎖”から二人を解き放った。兼光が言う。
「一般投票なら、笑わせたら勝ちやろ、って。完全に開き直ってましたね」
岩橋は、あるときはチアガールに扮し、あるときは投手に扮し、そのオーバーアクションで何度も大爆笑をかっさらった。
舞台上では道化師
岩橋は「一種のトランス状態に入ってましたね」と振り返る。「動き、キレキレでしたから。迷いがなくなったら、人間、あんなことになるんですね」
笑いの神が舞い降りたかのような、まさに奇跡の3分間だった。
楽屋に戻っても、岩橋は昂揚していた。
「あんとき、『今、俺らがM-1の主役に躍り出たで!』くらいの感覚になってました。発表までの時間、もう決勝ラウンドのネタの練習をしてましたから」