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2023年の論点

「35歳ぐらいまで現役でいたい」モンスター井上尚弥29歳が登りつめる地平とは

「35歳ぐらいまで現役でいたい」モンスター井上尚弥29歳が登りつめる地平とは

2023/01/15

source : ノンフィクション出版

genre : エンタメ, スポーツ

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井上にとっての大きな「武器」

 では、井上尚弥のどこがそれほどすごいのか。井上はオーソドックススタイルで、アウトボクシングもインファイトもできる万能型である。スピードがあり、距離感に優れるが、一番特徴的なのは軽量級離れしたパンチ力と気の強さだ。

 以前は「ボディーにパンチを食って倒されるなんて恥ずかしい。練習していない証拠だ」というのが業界の常識だったが、いまやこれは当てはまらない。あのドネアでさえ初戦の11ラウンドに脇腹に浴びた井上の左フックには我慢できず、しゃがみこんでしまった。いくら鍛えていても井上のボディーブローを受けて立っていられる選手は稀だからである。

 気の強さも井上にとって大きな「武器」である。ボクシングの理想は「打たせずに打つ」、このため同時打ちになりそうな時はまずガードを固め攻撃を控えるが、井上はこの一瞬の判断が必要な時でも躊躇せずに強く踏み込んで打つ。ただでさえ強い井上のパンチが威力倍増のカウンターとなって決まり、強烈なノックアウトを生むのだ。

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井上尚弥 ©AFLO

怪物ぶりがたちまち世界に拡散

 ところで、リングのヒーローたちはその時々で技術の進歩の恩恵を受けてきた。テレビの出現によりボクシング興行の売り上げは飛躍的に伸び、モハメド・アリの活躍時は劇場の大型スクリーンで視聴するクローズドサーキットが全盛だった。近年はPPVである。井上も今後この恩恵に与かることだろうが、報酬面とは別に、筆者は井上を「インターネット時代の申し子」と呼びたい。

 2014年の話になるが、井上がライトフライ級から2階級上げてスーパーフライ級王座に挑戦。それまで世界タイトル戦だけで28勝1敗1分、いまだかつてダウンを喫したことがない名王者オマール・ナルバエスを2回でKOするまで4度のダウンを奪った。今なら当然の結果と誰もが思うが、当時はただただサプライズ。とりわけ海外の反響は大きかった。百戦錬磨のベテランが早い回で惨敗した試合映像がユーチューブでたちまち拡散し、世界中のボクシングファンが衝撃KOの詳細を知るところとなったからである。この試合を契機に井上の名は世界でも知られるようになり、16年以降はPFPランキングの常連となった。