なぜ殺害現場には精液が……? 九州地方に住む40歳女性が、デートクラブで出会った男の身勝手な欲望によって殺された事件を紹介。
ノンフィクションライターの小野一光氏の新刊『昭和の凶悪殺人事件』(幻冬舎アウトロー文庫)より一部抜粋してお届けする(全2回の1回目/後編を読む)
*登場する人物名はすべて仮名です。
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愛人バンク女性の死体
平成の元号が始まって直後のある日、九州地方某県G市の郊外にあるラブホテルの駐車場で、従業員の女性が異変に気付いた。
そこに停められている車のうち、赤いスポーツタイプの車両が、ここ数日間、移動していないのである。念のため車内を確認することにした彼女の目に入ったのは、運転席で眠る女性の姿だった。
しかし、運転席側のドアにもたれかかり、助手席に足を伸ばした様子は、いかにも不自然だ。そこで彼女は同ホテルの営業部長に連絡を入れた。
やがて到着した営業部長と2人で車内を入念に観察したところ、着ているワンピースが太ももまでめくれ上がって下着が露わになっている。さらに鼻血が出ていて顔がうっ血していることから、女性が死亡していると驚いて、すぐに警察に通報したのだった。
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「頸部に索条痕(さくじょうこん)が認められるため、他殺でしょう」
車両のドアは施錠されていなかった。女性の首に紐等で絞められた痕があり、着衣にも抵抗したことが窺われる乱れがあったため、捜査員はすぐに他殺の判断を下した。
鑑識課員による車内の採証が行われたところ、被害者の太もも、ワンピース、座席シートに精液が付着しているのが確認された。また、車内にあった運転免許証や車検証から、被害者はG市に住む北村夕子という40歳の女性であることが判明した。
夕子が肩からかけていたポシェットと、助手席のサンバイザー部分から、彼女のものと思われるアドレス帳2冊のほか、助手席からは名刺とピンクチラシの入った所有者不明のアドレス帳が見つかった。
車両検索と同時にホテル従業員への事情聴取を進めたところ、3日前に男の声で「そこでなにかあったか?」と電話があり、なんのことか問い返すと電話を切られていたことがわかった。さらに、前日にも男の声で「車のなかで女が死んでいる」との、不審な電話がかかってきていたというのである。
その後、捜査員が夕子の自宅マンションを検証し、アドレス帳などで身辺を捜査したところ、彼女は昭和52年に2人の子供を残して離婚した独身女性であることがわかった。また、離婚後には昭和59年までの間に3人の男と同棲しており、死亡時は昼間に理容師として働く傍ら、夜はデートクラブや愛人バンクに所属していた噂があるとの情報を得た。