ホンダ下院議員らの決議の根拠となったのは河野談話であり、そのため、自民党内で「河野談話を見直すべき」との主張がされるようになった。同年3月1日には安倍も記者団を前に次のように発言している。
「(慰安婦の)強制性を証明する証言や裏付けるものはなかった。だから強制性の定義については大きく変わったということを前提に考えなければならない」
こうした日本側の言動に対し、韓国が猛抗議をし、瞬く間に波紋が広がった。ただ、その夜の電話では安倍はこんな真意も明かしている。
「安倍政権としてはとりあえず河野談話の見直しや変更はしないが、しかし、日本国の意志として、そのまま継承することはできない。将来に禍根を残すことにもなる」
4日後の参院予算委員会で火消しをするように、改めて河野談話を継承する意向を表明。ただ一方で「(米国の)決議案には事実誤認がある。決議があったからといって、我々が謝罪するということはない」「官憲が家に押し入って連れて行くという強制はなかった」など従来の考えも主張している。
当時の安倍は、連日の騒ぎに辟易した様子で、怒気を含みながら、こんな本音も漏らしていた。
「河野談話については、しばらくこれ以上の発言は控える。ただ、万が一、米国で議案が可決されるのであれば、対応を考えねばならない。日本が過去に謝罪したことを逆手に取って、諸外国が『謝っているのは悪いことをしたからだ』と指摘してくることは看過できない」
さらに、3日後の3月8日の夜には再び電話で心境を吐露している。
「国際情勢を鑑みれば、河野談話は表向きは継承という方針を貫かざるを得ないが、事実誤認は放置できない。実は外務省が米国に対して『教科書でも慰安婦のことを教えている』などと、由々しき説明をしていることも分かってきた。これからは官邸と外務省とで戦略的な応答ラインを作って、米国に説明をしなければならない」
米国との関係に苦慮し、自身の考えを封印せざるを得ない安倍の引き裂かれるような悩みが滲み出た発言だ。だが、米国からの批判の嵐も収まることはなかった。