この危険にいち早く気付いたのは市民たちだった。2021年7月に市に出された意見書66通のうち、約半数が洪水への懸念を示し、海老川下流域の自治会に対する洪水の説明会開催を求めた。しかし市は「1時間50㎜の降雨であれば、この区画整理事業によって下流の被害は軽減される」と、すべての意見、要望を一蹴した。
海老川下流域に住む70代の男性は言う。
「1970年代から1980年代にかけて、海老川と長津川が何度も氾濫して大変だったんです。胸まで水に浸かったこともあります。またあんな思いをするのはごめんです。テレビでは線状降水帯だゲリラ豪雨だって、毎日のようにやっているでしょう。それが明日にも船橋に来るかもしれないのに、市はいったい何を考えているのか」
事業の危険については複数の市民団体が署名を添えて訴え、計画変更を求めたが、市はいずれの要望にも応じなかった。
有識者からも指摘される“洪水の危険性”
人口約65万の中核市に持ち上がった洪水問題。いったい何が危険なのか。市と県に対し、洪水の危険を訴えてきた元建設省河川局災害対策調査室長で、元長崎大学教授の石崎勝義氏は解説する。
「盛り土で遊水地(海老川上流地区)を全面埋め立てることが危ないのです。今まで水が流れ込んでいた場所が盛り土によって狭められると、その分流れ込めなくなった水が周辺と下流域に溢れてしまう。だから盛り土の量をできるだけ減らす計画にすることが大切です」
激しさを増す気候変動と行政の視点からこの事業に懸念を示すのは、前滋賀県知事の嘉田由紀子参議院議員だ。全国でいち早く「流域治水」の理念を掲げ、知事在職中の2014年には「滋賀県流域治水の推進に関する条例」を策定し、日本の治水政策に大きな影響を与えてきた。
嘉田氏は、行政の責任について次のように語る。
「言うまでもなく第一の責務は人の命を守ることです。激甚化する気候変動で、これまで経験しなかったような豪雨が襲ってくる。そんな時代に行政が行うべきは、あらゆる手段を使って流域全体で水害のリスクを分散させ、被害を最小化することです」