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〈紅白出演、“中の人”はAdo〉ルフィを差し置き“ほぼ主役”の衝撃…ワンピースの新キャラ・ウタはなぜヒットしたのか

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2022/12/31
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ルフィを差し置いて…ウタが主役であるかのような、衝撃の構成

「突然変異」の理由はひとつではないかもしれないし、今後さまざまな分析がなされるだろう。だが今作『FILM RED』の中心にいたのが、今回架空のキャラクターとして極めて異例な紅白歌合戦に出場するウタであったことは誰にも否定できない事実だ。

『ONE PIECE FILM RED』の総合プロデューサーには、原作者である尾田栄一郎がクレジットされている。制作発表でも原作者自ら「映画で伝説のジジイ描くのもう疲れたんだよ!笑 ちょっと女子描かせてくれ! 今、僕らが作りたいキャラクターはこいつだ!!っていうスタート」とコメントしているように、ウタという少女のキャラクター設定やストーリーデザインに深く関わったことを何度も言及している。

 その言葉に嘘はないだろう、と感じるのは、『ONE PIECE FILM RED』のストーリー構成があまりにチャレンジングだからだ。ウタはゲストの美少女キャラクターではなく、ルフィたちをさしおいてまるでこの映画の主役であるかのように描かれる。

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 正直言って、この構成を提案したのが原作者尾田栄一郎本人ではなく他のスタッフであったなら「何を考えてるんだ、子供たちはみんなルフィたちの物語を見に映画館に来るんだよ。これじゃまるでウタのための映画じゃないか」と突き返されたかもしれない。それほど攻めた構成なのだ。

国民的ヒット作『ワンピース』の世界観を真っ向から否定

 驚くのはその構成だけではなく、ストーリーの内容である。「ねぇルフィ、海賊やめなよ」という映画宣伝でも使われたセリフが象徴するように、ウタという少女は『ワンピース』という1997年から25年続く国民的ヒット作の世界観を真っ向から否定するように、自分自身の明確な思想を持って登場する。

「バーチャル空間を歌で繋ぎ、世界を平和にする」まるでアメリカ西海岸のヒッピーたちがハイテクとリベラリズムで世界を包もうとするように宣言するウタの思想は、「海賊王におれはなる」というワンピースの代名詞であるルフィの台詞のアンチテーゼのように映画で鳴り響く。

『ONE PIECE FILM RED』の初めから終わりまで、ウタは自分の思想と能力をフルに発揮し、長く続いたワンピースの世界観を揺さぶり続ける。海賊だの軍隊だのという男の子たちの夢物語の下で、弱い者や女の子たちは見捨てられ傷ついてきたこと。その世界を変えるには、自分が歌で世界の人の心を一つにする必要があること。

 それらはまるで尾田栄一郎という少年ジャンプを代表する作家による、少年漫画文化の自己批判のように聞こえると同時に、過去のワンピースを愛し、映画館まで足を運んだ新旧のワンピースファンを強烈な説得力で揺さぶるパワーを持っているのだ。