文春オンライン

2003年の日本

純粋にインターネットの未来を信じていた2003年、ブログの登場で「個人発信」の原型はすべて出揃った

2023/01/01

 2001年末頃からアメリカを中心に流行り出したブログ、RSSを吐いてトラックバックができるという画期的な双方向性を引っ提げて日本に本格的に上陸したのは2003年ごろでした。

「テレホーダイ」から一気にブロードバンドへ

 いまでこそ限界集落みたいになっているけど当時は超先進的だった「はてなダイアリー」がサービス開始したのを皮切りに、我らがニフティも「ココログ」を開設。同時期にサイバーエージェントが「Ameba Blog」を、堀江貴文さんのエッジ(その後ライブドア)が「livedoor Blog」を、シーサー株式会社が「Seesaaブログ」をと、各社各様に個人発信の母体としてのブログサービスが機能し始めたのは、ちょうど20年前のことでありました。

 翌年に俺たちの愛する国産SNS「mixi」がサービスを開始するという世界観は、いまとなってはすべてが懐かしい一方、いまの個人に関するサービスの原型は20年前にすべて出揃っていたなあとも思うんですよ。

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 01年ごろから「常時接続」という言葉が出始め、03年にはトーカイのT-comが、ソフトバンク・ヤフー系のYahoo! BBが、そして真打ちNTT東西が、概ね各社揃って下り最大24Mbps程度のADSL接続サービスを開始しました。それまでは、深夜帯のインターネット接続である「テレホーダイ」が我らのインターネットライフを支えていたところから、一気にブロードバンドの基盤ができ上がり、そこから10年かけて「ガラケー」と呼ばれるフィーチャーフォンでのオンラインサービス全盛期がやってくることになります。

 まさにこのころは、放送と通信との垣根が徐々におぼろげになり、またネットはパソコンでやるものから手軽に携帯電話で楽しむものへと変容していって、このころパソコン好きのオタクたちは何となく「デジタルネイティブ」と呼ばれる人種へと移り変わっていくのであります。

「WindowsよりLinux」と啓蒙活動をした甘酸っぱい思い出

 当時のブログ文化はまだ「ネットでコミュニケーションを取る人」という希少人種だけがたむろする社交場のようなもので、当時30歳であった私もICT業界で投資家の端くれをしておりましたので投資情報を発信する「死体置き場」や「俺様キングダム」なる、いま思うと若気の至り的なサイトを運営しては、いろんな人たちの交流のハブになろうとしていました。