1月8日、藤井聡太王将-羽生善治九段の第72期ALSOK杯王将戦七番勝負が開幕した。
会場となった静岡県掛川市の掛川城で観戦してきたので、現地の様子を交えて歴史的な一戦をレポートしたい。
ここぞというところで結果を残してきた戦法
後手番となった羽生が選んだのは、王将リーグを全勝したときの原動力である横歩取りではなく、1手損角換わりだった。しかも本局の8手目角交換タイプは、2019年12月の三枚堂達也七段との朝日オープン戦以来、まる3年ぶりだ。藤井は局後に「想定はしていなかった」と語った。
一方、羽生は「まだ可能性もあるのかなと思ったので。いろんなことを試みる中の一環で、やってみました」と語っている。羽生にとっては60局近くも採用し、タイトル戦の舞台だけでも19局も登板させている。ここぞというところで結果を残してきた戦法だ。経験の差で勝負しようとした。
藤井は1手損対策で最有力とされている早繰り銀を採用。藤井といえば腰掛け銀だが、早繰り銀も永瀬拓矢王座との王位戦挑戦者決定戦と豊島将之九段との竜王戦七番勝負で採用しており、似た形の経験はある。
だが、羽生は秘策を用意していた。38手目、前例の自陣角ではなく飛車取りに銀を打つという新手だ。さらに藤井の金をあえて玉側に移動させ、空いたスペースを垂れ歩で狙う。藤井は76分、70分と連続大長考に沈む。藤井の持ち時間を削り、後手番ながら中盤戦を互角に乗り切った。
「歩が下がり、歩が消える」
2日目、藤井は再び時間を使い、敵陣に銀を打ち込み、飛車を金桂と交換して猛攻する。
私は世紀の対決を生で見るべく掛川におもむき、立会の久保利明九段、副立会の神谷広志八段と検討する。「藤井の桂」が駒台に乗ったことで検討も弾む。飛車取りに桂を打たれては勝負は終わると、どう桂打を防ぐかを検討する。調べている内に、直感で浮かぶ手が思わしくなく、逆に人間には指しにくい手が正解となることが多いことがわかる。これは難しい将棋だねと皆がつぶやく。
昼食休憩後、羽生はもっとも指しにくいとされていた手を指す。
歩を交換して元いた場所の下に歩を打ち、桂を打つマス目を埋めたのだ。
これは1994年6月米長邦雄名人との第52期名人戦第6局で披露し「歩が下がる」と呼ばれて話題になったテクニックだ。羽生はこの将棋を勝ち、23歳で名人位を獲得した。
だが藤井も負けてはいない。自分の玉頭の歩を捨て、盤上から歩だけを消滅させ、空いたマス目に桂を打つ。
囲碁・将棋チャンネルで解説していた森内俊之九段にも「見たことがない手筋ですね」と言わしめた妙手順だ。