12月8日19時半過ぎの特別対局室、棋王戦で羽生善治九段に快勝した藤井聡太竜王は、感想戦でもいつもどおりの冴えを見せている。

 羽生が「全財産を渡して詰めろをかける」という、驚きの勝負手を考えていたことを披露する。だが藤井はまったく動じない。羽生が「まあ私の玉は詰みますよねえ」というと、「ええそうですね」と答える。その詰みは30手近い長手数の詰みだというのに――。

 レジェンド羽生が「この相手にはうかつなことは言えない」と緊張感を持って接している。

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「今回の七番勝負で印象に残った手はなんですか?」

 感想戦が終わると、王者はぼーとした顔つきのまま部屋を出た。スリッパで下に降りそうになり、気がついてあわてて靴に履き替える。対局室での雰囲気とのギャップに笑いそうになりつつ声をかけた。

「広瀬章人八段との竜王戦七番勝負について少しお話をうかがいたいのですが……」と話しかけると、「はい」とにこやかに答えた。

 藤井は超過密スケジュールなのだから、時間をとらせてはいけない。質問は1つだけと決めていた。

「今回の七番勝負で印象に残った手はなんですか?」

 藤井の動きが止まった。長い沈黙が、このシリーズがいかに苦しかったかを示していた。

 やがて、「私の手でなくてもいいですか」と前置きして広瀬が指した手をあげた。

「できればご自分の指した手もお願いします」と言うと、次は実戦で藤井が指せなかった変化の手だった。

 そして、3番目にようやく自分の手をあげ、「苦しんだ七番勝負でした」と答えた。

 その3つの手が出た将棋を中心に振り返ってみよう。

竜王の防衛を果たした藤井だが、初めてタイトル戦で「第6局」を経験した ©時事通信社

竜王戦七番勝負第2局 絶妙のカウンターパンチ

 先手藤井の角換わり誘導に対し、広瀬は驚きの「3三金型」を採用した。守備の陣立は、銀が前で金が後ろに配置するのが基本だ。ヨコに強い金が後ろで敵の侵入するスペースを消し、ナナメに強く上下動しやすい銀が相手の攻め駒と直接ぶつかっていく。そこをあえて金と銀を入れ替えることで、研究を外したのだ。

 藤井は果敢に仕掛けるものの、52手目まで研究範囲に進んで広瀬がペースを握った。だが、ここから藤井が巧みな勝負術を見せる。

 まずは交換したばかりの銀を自陣に打って、弱点をカバーした。控室で検討していた棋士は、「そこに銀打つの!」と叫んだほどの意表の受けだ。さらに取れる桂を取らずに銀を引くなど、立て続けに広瀬の読みを外し、複雑な局面に持ち込んでから手番を渡す。ここでの広瀬の判断が問題だった。