「藤井聡太の角と桂」だけは常に注意しなければならなかった
竜王戦で観戦記者を務める高野秀行六段に話をうかがった。高野はこども将棋教室を主宰しているので今回のタイトル戦は担当していないが、広瀬対森内俊之九段のランキング戦2組決勝の観戦記を書いている。
「序盤の組み立てが素晴らしかったですよね。1局目から3局目まで、1日目終わってすべて広瀬さんがリードしましたよね。藤井さんのタイトル戦では初めてのケースですよ。すごいなあと思います。逆に言えば藤井さんが中盤の仕掛けで満足できたのは第4局と第5局しかなかったでしょう。
3局目逆転負けした上に、4局目は完敗と流れも悪く3連敗して。それでも5局目を勝ったのがすごい。
5局目は、私の師匠の中原誠十六世名人の勝ち方に似ていました。懐が広く、まわしをつかまれても倒れないというか。飛車を打ち込まれたときに桂を受けてしのげているというのは読みが深い」
――では広瀬さんの敗因は何でしょうか。
「藤井さんの終盤力がすごすぎたと言ってしまえば簡単ですが……。うーん、角と桂でしょうか。『藤井聡太の角と桂』だけは常に注意しなければならなかった。マークを外してはいけなかった。角と桂でどれだけ勝負を決めてきたか、ひっくり返してきたか、妙手を生み出してきたかと振り返ってみれば。
もちろん広瀬さんもそれはわかっていた。なのに第3局では桂のマークを外して逆転された。第6局では角打を軽視してしまった。第3局では形勢が良いからこそ早く勝負を決めたかったのでしょうし、第6局の角打も『あの手で』負けるとは思いにくい。ですがそういうところで鉱脈を見つけるのが藤井さんです。
今回の広瀬さんの戦い方は、藤井さんと番勝負を戦う上での良いヒントになったのではないでしょうか」
世紀の戦いで「1手損角換わり」の意味
1月8日、藤井対羽生善治九段の王将戦七番勝負が開幕、世紀の戦いが始まった。その第1局、後手番となった羽生が選んだのは、王将リーグを全勝した原動力の横歩取りではなく、なんと1手損角換わりだった。
羽生は1手損角換わりを過去60局近く採用し、タイトル戦の舞台だけで19局も指している。一方藤井は過去6局しかない。
本局の8手目角交換タイプは、羽生にとって2019年12月の三枚堂達也七段戦以来、まる3年ぶりだ。藤井も2019年7月に経験しているが、3年前とはこの戦型の定跡はすっかり変わっており、その時の経験はまったく生きない。そして38手目に羽生が前例から離れた手を指すと、藤井は76分、70分と連続大長考になった。
藤井の持ち時間を削り、後手番で、中盤戦を互角に乗り切るという困難なミッションを達成した。
藤井が予想していただろう横歩を外すなど、明らかに広瀬の作戦を参考にしたのだろう。
最後は競り負けてしまったが、この七番勝負を羽生がどう戦うか、ワクワクする。