バランス型の布陣に対しては、金を釣り出してギャップを作り、角や銀を打ち込むのが基本的な攻略法だ。そこで広瀬は守りの金を動かそうと歩を伸ばした。このごく当たり前の手がなんと敗因に。
後日広瀬はブログで「△4六歩と伸ばした手は通常の角換わりなら手筋なのですがこの場合は良くなかったようで、△3三金型で不慣れな玉形だったことが判断を誤らせてしまったのかなと思います」と述べた。
とはいえ、この手を敗因にできるのはおそらく藤井だけだろう。駒の取り合いとなり、広瀬が銀を取った局面がハイライト。ここで藤井は銀を取り返さずに、金をぐいっと上がったのだ。
これが絶妙のカウンターパンチとなった。この手には谷川浩司十七世名人が「こんないい手を指されて、それが成立していたらがっかりしますよね」と驚嘆したという。
藤井が「自分が指した手で印象に残った手」がこの金だった。以下は自玉の安全度を読み切り素早く寄せた。
「▲5六角△4五銀に▲4七金と角を取らせて、最後金が出て、うまくさばけたのが印象に残っています」
この「守りの金ですら前に出た」という残像が広瀬に焼き付き、それが第3局に影響する。
竜王戦七番勝負第3局 藤井が「一番印象に残った手」
広瀬は第1局の角換わりではなく、相掛かりにし、バランス型に組んだ。。
広瀬は2005年にデビューして以来、先手番370局あまりの内、相掛かりを採用したのはわずか9局しかない。さらにバランス型となると、実に2019年9月以来の採用だ。この対局の直前に斎藤慎太郎八段とのNHK杯で採用しているが、棋譜は放映日までは棋士にも公開されないので、藤井はその将棋を知らない。
広瀬は先に桂を渡してから後で取り返すという意表の仕掛けを披露し、ペースを握る。藤井は端に飛車を回って突破を図るが、そこで桂を自陣に打ったのが絶妙の受け。
これが藤井が「一番印象に残った手」だ。
「指されるまでは、いや、指されてもしばらく(ことの重大さに)気づいていなかったんですが、考えてみればみるほどダメだということがわかって。桂で受け止められるとはと。なるほどという感じでした」
広瀬は桂打で受け止め、さらに端から逆襲し優勢に。藤井が2日制のタイトル戦で、初日にこれだけ苦しくなったのは初めてだ。
2日目、藤井は飛車を逆方面に回る勝負手を放ち、昼食休憩を迎えた。
ここで広瀬は桂を取る手を本線にしていて、実際それで良かった。だが休憩時間に考え直し、決着をつける激しい手順を選んでしまった。桂のマークを外し、飛車銀両取りに角を打つ。藤井は飛車を切って銀が進んでくるだろうから、そこで角取りに香を打てば決まりだ、と。
だが藤井は「銀が進む」のではなく「角で引いて」駒を取り返した。この角が引く手を広瀬は軽視していた。
さらに藤井は角だけでなく、銀も連続して引き、広瀬の角を排除する。そして再び攻めに転じ、あっという間に寄せ切ってしまった。広瀬のミスと言ってしまえば容易いが、第2局では守りの金があがり、第3局では攻めの角と銀が3手続けて引いていく。この変幻自在の指し回しに正確に対応できる棋士がどれだけいるだろうか。