第72期ALSOK杯王将戦七番勝負は、1勝1敗で藤井聡太王将が先手となって第3局を迎えた。
第1局では羽生善治九段が1手損角換わりに誘導したが、第3局では藤井の角換わりを受けるのか、それとも羽生が王将リーグを勝ち抜いた原動力である横歩取りか――。
「オールラウンダー羽生」をリスペクトしてきた
羽生の選択は角道を止める出だしだった。居飛車党が角道を止める場合は雁木が本命とはいえ、羽生には振り飛車もある。羽生はタイトル戦だけに限定しても、中飛車・四間飛車・三間飛車・向い飛車と、すべての場所に振ったことがある。また藤井との対戦でも、2020年の銀河戦で三間飛車にしている。
それを踏まえて藤井も準備をしていた。11手目、玉上がりを保留して、角を上がったのが羽生対策の新手。すべての含みを残した手で、振り飛車なら持久戦で、四間飛車には穴熊、三間飛車には左美濃と堅く囲う。
居飛車なら急戦で、雁木なら船囲い、高美濃ならばカニ囲いなどの簡略化した囲いで急戦にするつもりだ。羽生が昨年12月の長谷部浩平五段との朝日オープンで、雁木と見せかけて高美濃にし、さらに矢倉に組んで勝っていることも、調べているだろう。「オールラウンダー羽生」をリスペクトし、警戒し、分析し、研究していたのだ。
この角上がりに対し羽生は6分ほど考えたが、予定通りという顔つきで雁木に組んで、戦型が確定した。
「なんなんだその飛車浮きは」と思わず叫んだ
2人の公式戦初対戦である2018年の朝日オープン準決勝も羽生の雁木だった。最初から目指したわけではなく、藤井が飛車先保留型に誘導してきたのを拒否したものなので、本局の雁木とはまったく意味合いは違うが。
藤井は想定通りとばかり早繰り銀にして仕掛け、現代将棋の重要課題局面に。
今年1月の豊島将之九段-大橋貴洸六段戦と、端歩の関係を除けば同じ局面で、その将棋では後手の大橋が新たなアイディアを見せて勝っている。羽生もその将棋が念頭にあったに違いない。
ところが、藤井は誰しも予想しない手順を披露した。歩を取り込んでから、じっと飛車を浮いたのだ。私は「新手年鑑」を毎年執筆しているが、こんな仕掛けは見たことも書いたこともない。この日は仕事をしながら携帯中継で見ていたが、「なんなんだその飛車浮きは」と思わず叫んだ。