立会の森内俊之十八世名人と将棋連盟会長の佐藤康光永世棋聖が盤側に、挑戦者席に羽生善治永世七冠が座る。3人がタイトル戦で和服姿で揃いぶみするのは何年ぶりだろうか? このレジェンドたちの視線を受けても涼しい顔をしているのが若き王者・藤井聡太王将。対局開始のシーンはなんともエモーショナルだ。

 第72期ALSOK杯王将戦七番勝負は藤井2勝、羽生1勝で第4局を迎えた。

羽生が誘導した直近の前例は、すべて豊島の将棋だった

 藤井は過去6回の七番勝負で、4局目を終えての成績は4連勝防衛が3回、3勝1敗が3回。しかも七番勝負での「第4局」は過去6戦全勝なのだ。藤井は2月5日に開幕した渡辺明棋王に挑戦する第48期棋王戦コナミグループ杯五番勝負第1局でも、絶妙の指し回しで快勝している。

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 とはいえ、羽生はこの勝負を落とすとカド番の第5局を後手番で戦うことになる。絶対に負けられない戦いだ。

王将戦第4局は、東京都立川市の「SORANO HOTEL」で行われた 写真提供:日本将棋連盟

 先手の羽生が選んだ戦型は角換わり腰掛け銀。藤井がもっとも採用する戦型にあえて飛び込んでいった。

 定番の先後同型から、藤井は羽生の出方を待つ。昨年12月の棋王戦での対戦では、羽生は銀矢倉に組み替えたが、本局では玉と金の位置を右に一路ずらすという、凝った組み替えにする。これは2022年2月に指された豊島将之九段-斎藤慎太郎八段のA級順位戦と同じ進行だ。と、ここまで調べていて、あることに気がついた。

 第2局の相掛かりも2022年8月の豊島-斎藤戦の順位戦と同一だった。羽生の後手番でも、第1局の1手損角換わりは2022年9月の豊島-永瀬拓矢王座の王座戦五番勝負第3局と、端歩の違いを除けば同じ。第3局の雁木も、2023年1月の豊島-大橋貴洸六段の棋聖戦と同じで、このとき羽生は大橋と同じ陣形にした。

 すなわち直前の前例が、すべて豊島の将棋なのだ! 4局とも羽生が戦型を誘導しており、とても偶然とは思えない。羽生のセンサーが豊島将棋から何かを感じ取ったのだろう。あらためて豊島がすごい棋士であることを確認する。

藤井に勝つための準備

 藤井は豊島と同じく戦端を開く。斎藤は受けに回ったが、豊島に猛攻され大苦戦した。ここで羽生は変化した。

 強く銀桂交換し、持ち駒を次々と投下して反撃したのだ。これはバランス型が流行し始めた頃に指されていた手順で、実戦例は多くないが、水面下では盛んに研究されていた。ただし、それは藤井が棋士になる前のことで、羽生には研究の蓄積というアドバンテージがある。なるほど、ここで経験の差を活かそうとしたのか。藤井に勝つために、ここまで準備していたのだ。

 前例とは羽生陣の配置が違うが、これが果たして吉と出るか凶と出るか――。

 藤井は57分の長考で、銀を打って受ける。公式戦では出ていないが有力とされていた手で、私は弟弟子の渡辺大夢六段に教わったことがある。藤井は過去の研究は知らないはずなのに、初見で指すのはさすがだ。