藤井聡太王将に羽生善治九段が挑戦する第72期ALSOK杯王将戦七番勝負は2勝2敗で迎えた第5局が、2月25・26日に島根県大田市「さんべ荘」で行われた。
注目の戦型は、後手番の羽生の誘導で「横歩取り」に。公式戦で160局以上採用し、通算勝率は6割4分超えという、伝家の宝刀をついに抜いた。王将リーグでも渡辺明名人戦と近藤誠也七段戦で採用していずれも快勝し、リーグ全勝、そして挑戦権獲得への原動力となった。
「また豊島将棋か!」中継の画面を見て思わず叫ぶ
これで1手損角換わり・相掛かり・雁木・角換わり腰掛け銀・横歩取りと、これまでの番勝負の5局すべて羽生が戦型を決めたことになる。オールラウンダー羽生だが、ここまで戦型を使い分けるのは初めてだ。対して藤井は青野流で対抗する。右桂を活用して激しく戦う対策で、青野照市九段が考案したことから「青野流」という。羽生との2回の横歩取りの将棋でも藤井は青野流にしている。
青野流への対応は数多くあるが、羽生は飛車交換を迫る順を選び、飛車が駒台に乗った。
ここで先手に候補手が2つある。1つは2筋に歩を垂らす手で、藤井は、1月15日の阿久津主税八段との朝日杯将棋オープン戦ではこちらを選んでいる。また、羽生も昨年5月の澤田真吾七段との王位リーグ戦で澤田に指されている。もうひとつが右桂を跳ねる手で、藤井は本局ではこちらを選んだ。
そして羽生が角交換後に8筋に歩を垂らしたのに対して、藤井は歩を受けて……。おいおいこれは! 携帯中継の画面を見て思わず私は叫んだ。
「また豊島将棋か!」
そう、この進行は2019年の佐藤天彦名人-豊島将之王位・棋聖戦(肩書きはいずれも当時)の第77期名人戦第1局と同じ進行なのだ。じっと歩を受ける手が豊島の研究手で、豊島は完璧な指し回しで勝ち、4連勝で名人を獲得した。これで5局すべての前例が豊島だ。藤井も羽生も、豊島将棋こそ本筋であり、金脈が多く存在していると思っているのだろうか。
羽生の序盤戦術について、15年近く研究をともにしている長岡裕也六段に話をうかがった。
「この飛車交換する将棋はVSで指したことはありますけど、昔の手を掘り返してきたという印象です。本譜の桂跳ねは本命の予想ではなかったと思います。藤井さんは阿久津戦の後に研究して、こちらをやってみたかったのかなと想像しています。羽生先生は藤井さんとのタイトル戦をすごく楽しみにしていたので、せっかくだから色々な戦型で戦いたいなと思ったのではないでしょうか」
藤井は2時間という大長考で桂を発射
さて戻って34手目、羽生は名人戦の将棋から手を変えて、飛車を成り返る。この手は昨年8月の西尾明七段-金井恒太六段戦のC級1組順位戦で西尾が指している。対して藤井はすぐに飛車打で竜を盤上から消し、これで前例がなくなった。羽生はそれも想定内といわんばかりに、わずか1分の考慮で2筋に歩を垂らす。