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《棋士は見た》羽生善治は右手をタクトのように、藤井聡太は扇子をくるくると…“1時間超え”感想戦は「ふたりの世界」だった

《棋士は見た》羽生善治は右手をタクトのように、藤井聡太は扇子をくるくると…“1時間超え”感想戦は「ふたりの世界」だった

プロが読み解く第72期ALSOK杯王将戦七番勝負 #4

2023/02/14
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 2人とも相手には見えないように将棋盤の下で、この仕草を続ける。子どもがじゃんけんで何を出すか決めようとしているみたいだ。

 2日目からの局面は盤上に現れることもなく、銀で取ったらどうなるのかだけを検討していく。

 羽生が敵の歩頭に金が出る鬼手を指せば、藤井が角切りの返し技を放つ。「そうかー。まずいですね」と羽生は楽しそうにつぶやく。

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 感想戦開始から50分がすぎ、盤上が動かなくなる。両者とも沈黙し、もうそろそろ感想戦がお開きかなと思ったところで、羽生が「あっすいません、あと1こだけ」。

現在、棋王戦とのダブルタイトル戦の最中にある藤井聡太王将 写真提供:日本将棋連盟

感想戦だけで一つの作品ができそうだ

 おいおいまだ続けるのか、しかも1つだけと言いながら、別の変化も調べ始める。羽生が金をエサに寄せ合うというすごい手を示せば、藤井は角を切り銀捨ての王手をかける。

「あーなるほど、詰みなんですか。なるほど」

 ええと、捨て駒が3回もある詰みなんですが、そうですか2人はすぐに分かるんですか。もう感想戦だけで一つの作品ができそうだ。結局感想戦は1時間を超えても終わらなかった。まったくこの2人は……。

 大盤解説会の解説を務めた谷川浩司十七世名人も、感想戦の様子を控室のモニターで見守っていた。

 谷川に話をうかがうと、「もう趣味の世界に入っていますよね(笑)。2人とも将棋が好きですよね。感想戦なのにまったく妥協しないですし」と、苦笑しながら答えた。

 羽生と同世代の森内は、「シビアな将棋でしたね。選択肢がすくなく細い迷路にはまりやすく。初見で間違えずに選ぶのは大変ですよ」と藤井の苦悩ぶりをおもんぱかった。

対局後の様子 写真提供:日本将棋連盟

「うさぎのネクタイはファンにたくさんいただくので…」

 感想戦終了後に羽生にも話を聞くことができた。「銀捨てではなく桂を打ったらどうしましたか?」と質問すると、「どこに桂を打ってきても、馬を寄って攻めますが、馬を切らなければいけないので、まだまだ難しいと思っていました」。

 和服やネクタイについては「和服はデザインも色もすべて妻にまかせています。うさぎのネクタイはファンにたくさんいただくので、何本あるかわかりません(笑)」と対局の後なのに疲れを感じさせない笑顔を見せた。間近で見るとやはり羽生は若い。

 以前、「25歳の羽生が戻ってきた」と書き、ちょっとおおげさだったかなと反省したが、間違いではなかったようだ。

 うさぎ柄のネクタイをしめ、緑がかった青色の鮮やかな羽織を着こなし、2局しか前例のないマニアックな陣形に組み、藤井のお株を奪う桂使いで敵陣を破壊し、2時間近くも持ち時間を残して完勝し、グラビアアイドルのような撮影もこなす。これで52歳であるわけが……。

スポニチに掲載され話題となった王将戦名物「勝者の罰ゲーム」写真(Twitterより