羽生が角道をあけて決戦し、飛車取りに銀を打ち、右辺を抑える。藤井陣は玉は中途半端で、金銀がバラバラで、飛車も抑え込まれている。もし弟子がこんな陣形にしたら、ほとんどの師匠が「棋理に反している、こんな陣形ではまとめられないではないか」と言うだろう。あまりにも常識はずれの手順だ。
ところが、まとめにくいのは羽生の方だった。
その理由は孤立している前線の銀と、左辺の空いたマス目だ。このマス目は桂の跳ね出しを防ぐために必要だったが、金が銀のサポートに行くと、角を打ち込まれてしまう。羽生は悩んだ末に、右辺の補強を優先して、角の打ち込みを甘受し、1日目を終える。
藤井が繰り出した「3手1組」の妙手順
2日目、羽生は玉を斜めに上がる。そして邪魔な歩を金で払ってから、さらに玉が斜めに上がった。玉の上部脱出を狙うとともに、飛車が4筋に回って攻める手を見せて、当然の1手に見える。だが、藤井は2度目の玉上がりを疑問手へと変える。
馬が銀取りにひとつ入り、金を上がらせてからさらに馬を敵陣深くに侵入する。これが3手1組の妙手順だった。次に馬が寄って桂を取りに行くのが狙いで、金を動かしたのは馬の横移動を可能にするためだ。
この手順は後手から見ると軽視しやすい。(1)敵陣突入を考えているので金上がりは指したかった手であること、(2)下から追っていくのは筋が悪いこと、(3)桂を取るのに2手かかること、そして何より(4)次の玉上がりが桂の逃げるスペースを作って味が良いこと。こんなにも条件が揃っているのだ。
しかし、藤井の3手1組はこれだけではなかった。
この日、私は、現地の金沢東急ホテル(石川県金沢市)におもむいた。昼前に控室に入ると、羽生側をもって検討していた副立会の高見泰地七段が、困った顔をしている。私がバスに乗っている間に一体なにが起きたのか。
それは2度目の3手1組だった。
飛車の前に歩をあわせて、同歩成と成らせ、そこで歩で王手!
玉か金で歩を取れば、桂でと金を取り返した手が王手または金取りになる。やむなく上がったばかりの玉を引いたが、今度は飛車でと金を取り返す。玉の脱出を阻むクサビの歩を先手で打ち、たった4手で玉を戻させる。羽生マジックならぬ藤井マジック。