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「あー、こっちの人ですかあ」羽生善治九段の擬人化した表現に、藤井聡太王将も思わず笑った

「あー、こっちの人ですかあ」羽生善治九段の擬人化した表現に、藤井聡太王将も思わず笑った

プロが読み解く第72期ALSOK杯王将戦七番勝負 #3

2023/02/02
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 羽生が角道をあけて決戦し、飛車取りに銀を打ち、右辺を抑える。藤井陣は玉は中途半端で、金銀がバラバラで、飛車も抑え込まれている。もし弟子がこんな陣形にしたら、ほとんどの師匠が「棋理に反している、こんな陣形ではまとめられないではないか」と言うだろう。あまりにも常識はずれの手順だ。

 ところが、まとめにくいのは羽生の方だった。

 その理由は孤立している前線の銀と、左辺の空いたマス目だ。このマス目は桂の跳ね出しを防ぐために必要だったが、金が銀のサポートに行くと、角を打ち込まれてしまう。羽生は悩んだ末に、右辺の補強を優先して、角の打ち込みを甘受し、1日目を終える。

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1日目の終わり、封じ手を行う羽生九段 写真提供:日本将棋連盟

藤井が繰り出した「3手1組」の妙手順

 2日目、羽生は玉を斜めに上がる。そして邪魔な歩を金で払ってから、さらに玉が斜めに上がった。玉の上部脱出を狙うとともに、飛車が4筋に回って攻める手を見せて、当然の1手に見える。だが、藤井は2度目の玉上がりを疑問手へと変える。

 馬が銀取りにひとつ入り、金を上がらせてからさらに馬を敵陣深くに侵入する。これが3手1組の妙手順だった。次に馬が寄って桂を取りに行くのが狙いで、金を動かしたのは馬の横移動を可能にするためだ。

 この手順は後手から見ると軽視しやすい。(1)敵陣突入を考えているので金上がりは指したかった手であること、(2)下から追っていくのは筋が悪いこと、(3)桂を取るのに2手かかること、そして何より(4)次の玉上がりが桂の逃げるスペースを作って味が良いこと。こんなにも条件が揃っているのだ。

2日目、藤井王将の妙手順が飛び出した 写真提供:日本将棋連盟

 しかし、藤井の3手1組はこれだけではなかった。

 この日、私は、現地の金沢東急ホテル(石川県金沢市)におもむいた。昼前に控室に入ると、羽生側をもって検討していた副立会の高見泰地七段が、困った顔をしている。私がバスに乗っている間に一体なにが起きたのか。

 それは2度目の3手1組だった。

 飛車の前に歩をあわせて、同歩成と成らせ、そこで歩で王手! 

 玉か金で歩を取れば、桂でと金を取り返した手が王手または金取りになる。やむなく上がったばかりの玉を引いたが、今度は飛車でと金を取り返す。玉の脱出を阻むクサビの歩を先手で打ち、たった4手で玉を戻させる。羽生マジックならぬ藤井マジック。