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羽生は“人間には指しにくい勝負手”を放つが…

 歩が下がり、歩が消える、なんと見事な技の掛け合いだろうか。そして、羽生が桂跳ねを防いで銀を引いたところがクライマックスだ。このまま藤井が先手先手で攻めると思いきや、自陣の左桂を跳ねて力をためたのだ。

第33期竜王戦七番勝負(2020年)以来のタイトル戦登場となった羽生善治九段 写真提供:日本将棋連盟

 飛車を捨てて猛攻しながらここで手を渡すとは。だが指されてみると次の桂跳ねがとても厳しい。斜めに配置した2枚の桂が強烈な存在感を放っている。羽生は63分の大長考で、角を打って盤上の桂と交換し、取った桂を金取りに打つという、これまた人間には指しにくい勝負手を放つ。だが、藤井はわずか5分で桂を中央に跳ね、ここで勝負あった。

 羽生はあえて金を取らずに攻め合いに出たが、藤井の寄せは正確無比だった。角を立て続けに打ち、あの桂が天使の跳躍をして敵陣に成り込み、最後は角の王手に桂を温存して銀を犠打して終局。投了図の羽生玉には金を取って、桂を打ち、歩以外余らない詰みがある。藤井の寄せは、まるで詰将棋かと思うように美しい。

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 新手の銀打ち、歩の垂らし、歩が下がる、角桂交換して手番を握る、羽生は持てる技を出して戦った。藤井の桂のマークも外さなかった。だが終盤に入ってから自陣の桂が三段跳びしてくるところまでは捕捉できなかった。

感想戦は1時間を超えても楽しそうに続く

 2人は大盤解説会場で挨拶した後感想戦に。羽生は盤面を鋭くにらみ、藤井は扇子をクルクルさせ、何度もまばたきをする。タイトル戦の初戦となれば、軽く流すのが普通だが、感想戦とは思えないほど真剣に読んでいる。31歳9ヶ月差という年齢の壁を超えて将棋の真理を追求しようとしている。

 藤井は一回まばたきするたびに、扇子を回転させるたびに、10手は読んでいるだろうか? 2日間脳をいじめにいじめ抜いたはずなのに、なんなんだこの2人は。

終局後の二人 写真提供:日本将棋連盟

 特に羽生の姿を見て驚いた。2022年3月A級順位戦で広瀬章人八段に競り負け、感想戦で疲れ切った顔をしていたのとは別人のようにはつらつとしている。私たちの羽生善治が、2年ぶりにタイトル戦の舞台に戻ってきたのだ。

 感想戦が1時間を超えても楽しそうに続くのを見て、ふとサッカーワールドカップのスペイン戦でゴールを決めた田中碧さんがテレビの対談で語った言葉を思い出した。

 

「楽しいって、スポーツだけに限らず一番強いですね」

 できることならば2人の戦いをずっとずっと見ていたい。

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