第1局は藤井が45分を残して、銀の合い駒に羽生は投了したが、第2局は羽生が1時間2分も残し、香の合い駒で藤井を投了に追い込む。とてもノンフィクションとは思えない。
この対局の3日後、将棋連盟で羽生に話をうかがった
第1局の観戦レポートで「羽生善治が戻ってきた」とつづったのは間違いだった。「25歳七冠王」の羽生が戻ってきたのだ。
藤井の経験ある形どころか、藤井が定跡を作った戦型に誘導して、異形の金打ちで敵陣を破壊し、絶妙のしのぎで逃げ切る。藤井相手に、1時間も持ち時間を残し、こんな勝ち方ができるのが52歳のわけないだろう。
この対局の3日後、将棋連盟で羽生に話をうかがった。
――あの金打ちはどこで思いついたんですか。
「(53手目の)角を打つところで▲8二金までは読んでいました」
――最後、香合いで逃れているのはどこで読んでいたんですか。
「ええ(81手目の)▲6九銀と打つところで香合いで詰まないと読んでました」
対局中とはまったく別人の、にこやかな顔で答えた。
羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と驚きの声
感想戦の動画を見ると、第1局以上に楽しそうだった。2人とも、将棋が好きで好きでしょうがない少年に戻っている。
それを正立会の谷川浩司十七世名人と副立会の稲葉陽八段が、ずっと正座を崩さずに見守っている。
藤井が銀を打ち込んだ局面、この代わりに何を指すかというところで稲葉が「AIが示した手なんですけど」と前置きして、自陣飛車の受けを示す。両者とも驚きの声を上げ、羽生が「ひょぇー、そうなんですか」と言うと、藤井が「常識的には自信ない」と言って、全員で笑う。
1週間後にはもう第3局があるというのに、A級順位戦最終局では藤井と稲葉が戦うというのに、なんという良い笑顔だ。60歳の谷川、52歳の羽生、34歳の稲葉、そして20歳の藤井が、年齢をこえ、ひとつの盤を挟んで、将棋の真理を追求する姿は美しい。
ああ、現地で見たかった。
藤井の先手番となる王将戦七番勝負第3局は、1月28日(土)、29日(日)の両日、石川県金沢市の金沢東急ホテルで開催される。