藤井は、昼食休憩の1時間を挟んで1時間25分もの大長考で羽生陣に銀を叩き込む。玉頭には風穴が空き、馬と角が羽生陣をにらみ、見た目は助からない。
だが羽生はやっぱり羽生だった。
藤井が4枚目の最後の銀をはがして竜の王手
羽生は72分の長考で銀を取って、玉頭に銀のヘルメットをかぶせる。対して藤井が飛車を打って詰めろを掛けたところがハイライトで、すぐ銀を打つと歩頭への金捨てという鬼手があり寄ってしまう。だが歩を突いて、玉の逃げ道を作りつつ角を呼び寄せてから銀を打ったのが絶妙手。金1枚銀4枚の防波堤を築き、これでぎりぎりしのいでいる。この手順以外は負けという、まさに針の穴を通すような手順だ。
それでも藤井は大駒を切って銀をはがし、王手していく。
逃げる羽生、追う藤井、詰むや詰まざるや。藤井が4枚目の最後の銀を竜で取って王手をする。羽生の駒台には5種類の駒があり、合い駒できる場所も3ヶ所ある。つまり5×3=15通りの候補手があるが、詰みを逃れられるのはたった1つ。
羽生はすぐ持ち駒の香をつかみ、101手にて激闘が終わった。羽生が香を取ったのは63手目で、その後、香を使う機会は何度もあった。銀の代用として、または大駒の利きと止める駒として。だが、このときのために最後まで残していたのだ。
最後の合い駒すらノータイム
藤井は詰みがないことはわかっていたし、羽生が受け間違えるとはつゆほども思っていない。唯一の香合の盤面をつくり、そこで終わりたかったのだろう。本局は、天才2人が作り上げた名局であり、芸術品である。
局後のインタビューで羽生は「最後も怖かったんですけど、何かあったらしょうがないと、詰まなくて良かった」と語っていたが、怖いなんてうそだ。スリルを楽しんでいたのではないか。その証拠に玉を逃げるとき、1時間以上あったのにノータイムで指したではないか。最後の合い駒すら時間を使わなかったではないか。