福岡県北九州市で日本の犯罪史上類を見ない凶悪事件が発覚したのは、2002年3月のことだった。逮捕されたのは、松永太(逮捕当時40歳)と内縁の妻である緒方純子(逮捕当時40歳)。

 起訴された案件だけで7人が死亡。しかもその方法は、主犯の松永が命じるままに肉親同士で一人ずつ手を下していくという残酷極まりないものだった。

 ここでは、ノンフィクション作家・小野一光氏の新刊『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』(文藝春秋)より一部抜粋して紹介する。松永が作り出した「死の連鎖」から、脱出を果たした少女・広田清美さん(仮名、当時17歳)。マンションの一室で営まれていた“地獄のような共同生活”の実態とは――。(全2回の2回目/最初から読む

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※本文中の松永太と緒方純子以外の固有名詞(建物名を含む)は、すべて仮名です。

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逮捕された中年の男女

 3月10日の夕刻、私は片野マンションの1階にあるスナックを前夜に続いて訪ねた。30代後半に見えるマスターがカウンターのなかで言う。

「女の子(清美さん)を見たんは去年の夏が最後やねえ。夕方頃に近所をウロウロしよるんを見たことがあるっちゃ。背はかなり小さめで、身長は150(センチメートル)ないくらいかね。痩せとって、服とかも最近のギャルとかとは全然違う、地味な格好やったね。暗い感じやけ、一度も笑った顔を見たことないんよね。なんかいつも俯いとる感じやったんよ」

「捕まった男女はどんな様子でしたか?」

「どんなって、女の方は普通のおばさんっちゅう感じよ。身長は150ちょっとで中肉中背。地味な格好で、髪の毛とかは肩につかんくらいの長さで普通やし……。男の方は髪が短めで、身長は170より少し低いくらい。中肉中背でトレーナーとかの格好が多かったね。なんの商売をやっとるかわからん雰囲気があったけど、見た目はサラリーマン風。警察が確認のために持ってきた写真はスーツ姿で七三分けの髪型の写真やったよ」

※写真はイメージです ©AFLO

容疑者と少女の「共同生活」

 マスターは話を続ける。

「うちの店のママが平成11年(99年)にこの地域の組長になった時、30×号室の世帯表を見たらしいんやけど、そこには橋田由美と橋田清美っち名前が書かれとったみたいよ。由美の方がおばさんで、昭和35年(60年)生まれ。清美の方が女の子で、たしか昭和59年(84年)生まれやったと思う」

「その2人だけ?」

「そう。その頃に女の子が町内会費を持ってきたことがあったんよ。普通は1年分でいいのに、3年分をまとめてね。で、その子に誰と住んどるのか聞いたら、『おばさんと住んでます』っち。で、『2人で?』と聞いたら、『そうです』やら言いよったけね。ほんと、あんまり喋らん子なんよ。『なんか飲む?』って聞いても『いや、いいです』って言うしね」

「なにか他に容疑者や少女について憶えていることはないですか?」

「そうやねえ、おばさんの方はけっこういつもサングラスをかけとったよ。で、2階にある郵便受けを毎日チェックしよるんよ。そんなときに誰かが来ると背中を向けて、通り過ぎるまでは動かんのよね。やけ、あんまり顔を見た人は多くないと思うね」