マンションの階段に「人糞」
この片野マンションの30×号室は、清美さんの伯母である橋田由美さんの名前で借りられていた。松永と緒方の逮捕によって明らかになったことだが、橋田さんの名義だけを借り、そこで緒方が清美さんの“おばさん”として振る舞い、松永らと一緒に住んでいたのである。
「ああ、そういえば、ウンコ事件っちゅうのもあったねえ……」
ママが思い出したように言った。
「なんですか、それ?」
「あのね、異臭がしよった時期の後やったと思うけど、このマンションの階段にウンコが置かれるようになったんよ。それも犬とかやない、絶対に人間のってわかるようなやつ。でね、まわりにオシッコなんかもあったりするんよ。うちの階段はリノリウムやけ水は吸わんし、いつまでも残るの。それがまた臭いんよ。もう、たまらんやろ。そういうことがしばらく続いたの」
「それは、逮捕された男女と関係あるんですか?」
「そうなんよ。いつやったかね、たしか1、2年前やったと思うけど、やっぱり階段の2階のところがオシッコでビショビショになっとる時があってね、そこから大人の男の足跡が上の階に向かっとるのよ。それでね、その足跡が30×号室まで続いとったわけ」
「注意とかはしたんですか?」
「もちろん。私が部屋に行ってドアをドンドン叩いたんよ。そしたらね、ドアが開いて、捕まった女が顔を出したの。で、『階段にされたオシッコから足跡がこの部屋にまで続いてるんですけど、いったいどういうことですか?』と問い詰めたわけ。その時よ、あの捕まった男が顔を隠してササーッとトイレに逃げ込んだんよね。
で、女は部屋の奥におった5歳くらいの男の子を呼んで、『あんたがしたんやろう』っち、頭をバーンと叩いたんよね。でも足跡は明らかに大人のもんで、私もほんとは納得いかんやったんやけど、さすがにそれ以上は言われんやない。やけ、それでこっちも引っ込んだんよ」
ママはいかにも腑に落ちないという顔をしている。これまでの話からは、捕まった男女のうち、男が廊下に糞尿を残し、女はそれを知りながら庇っていた様子が窺える。しかし、なぜそんなことをする必要があったのか。その理由に想像が及ぶようになるには、さらに数カ月の時間が必要だった。