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「通電の虐待」「念書を書かされること」で無力化される

――この事件は通電による虐待で人を無力化していくことが知られていますが、本書を読むと、文書を書かされることも重要な要素だと気づきます。

小野 それらは念書や誓約書の体をなしていないんですけども、犯罪行為などを認める文章を書いてしまうと、観念するしかないとなるんですね。文書にはそういう認識を相手に与える力があることを松永は知っている。そうやって言質をとって、追い詰めていくんです。

 たとえば広田清美さんは「実父を殺意を持って殺害したことを証明します」(実際は松永による虐待死)と書かされていますし、彼女の父親も通電で脅され、娘に性的悪事をしたとの虚偽の事実関係証明書を書かされている。

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――深夜の話し合いを松永は緒方家に強要しますね。これは小野さんが『家族喰い』で書かれた尼崎連続変死事件でも頻繁に行われます。

小野 そうですね。角田美代子(尼崎連続変死事件の主犯)も松永も、人は睡眠時間を奪われて疲労していくと思考が停止することをわかっている。そうやって“金づる”にしてやろうと狙った相手をなにも考えられない状態にして、念書を書かせるなどして、支配していくんです。

 これをグループに対してやると、誰かが抜け駆けしようとしているなどと密告をするようになる。自分を守るために他の人のアラを探して、ボスに報告するようになる。そういうことが家族同士でも起きるんです。そこまでいくと、自分が助かるためには他の誰かを殺めないといけないという状態にまでなっている。

 別の被害家族である広田家でも、娘の清美さんは父親の悪いところを見つけて報告する「ちくりノート」を書かされています。そうやって、家族同士を切り離していくんです。

完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』(文藝春秋)

「警察への連絡はやめて」と言っていた被害者

――尼崎の事件では警察の失態が言われますが、この事件では小倉北署に「少女特異監禁等事件捜査本部」が98人体制ですぐに発足しています。福岡県警は優秀なんですか?

小野 この事件を担当した元検事も話していますが、福岡県警は優秀です。なにしろ、「遺体無き殺人事件」をすべて起訴に持ち込んだんですから。事件が明らかになる前に、警察のミスがあった疑惑も実はあるんですが、尼崎の事件と違って、松永に支配された被害者たちは誰も警察に駆け込んでないんですよ。

 たとえば松永に監禁され虐待を受けていた女性は、アパートの2階から飛び降りて全治133日の怪我を負い、救急車で病院に運ばれますが、それでも警察には行ってない。それくらい恐怖心が埋め込まれている。

 広田清美さんも、祖父のもとに逃げこんだ際は「警察への連絡はやめて」と言っている。それはなぜかというと、自分が犯行に手を染めていると思っているし、念書を書かされているからです。罪悪感を背負わされているので警察には駆け込めないんです。

――ちなみに、警察のミスと言いますと?

小野 起訴されていない事件ですが、大分の別府湾で溺死した女性がいます。彼女の2歳の娘が椅子から落ちたとして亡くなったとき、実は緒方は福岡県警の取調べを受けたことが裁判では出てきます。当時、松永と緒方は詐欺と暴力行為で指名手配中でしたから、彼女の身分を確認すれば、それがわかるはずなんです。もしそれが事実だとすれば、警察の手抜かりがあった可能性があります。