自ら手を下さないのは、今話題の強盗団も同じ手法
――松永は自分で手をくだしません。たとえば通電で精神に変調をきたした緒方の母親の殺害を家族に指示するとき、「通報されて困るのは、俺じゃなくてお前たちなんだから、お前たちでどうにかしろ」と言い、それが行われると「お前たちはどうやって責任を取るんだ」などと言います。
小野 自分に害がおよばないようにするにはどうすればいいかを常に最優先にしますよね。人のせいにする、人に自分のせいだと思い込ませる。それが松永は巧みなんです。
自分で手をくださないといえば、今話題になっている強盗団もそうですね。闇バイトに応募した人たちは、自分の身分証明書の写真を指示役に提出させられているから、逃げられないと思うわけでしょう。そうやって指示役は、「これまでの犯行をバラす」と言って彼らをつなぎとめる。北九州監禁連続殺人事件や尼崎連続変死事件と基本的には同じですよね。
――素朴な疑問ですが、松永は何に金を使っていたのでしょうか?
小野 松永は贅沢をしていたわけではないんですよ。彼が飲みに行っていた店を取材しても、特に高級な酒を飲んでいた話などはない。ではなににお金を必要としていたのかといえば、一番の理由は家賃です。マンションやアパートの部屋を延べ20軒近く借りていた。それに一番、使っています。
そのお金は全部、目をつけた女性とその家族から奪ったものです。松永は、京都大学卒の月収100万円の塾講師と身分を偽るなどして、次から次へと“金づる”を探すのですが、気になった相手と会うために別府にまで行ったりする。あるいは居場所を偽装するためにわざわざ手紙を出したり、電話をかけたりしに長崎などに行ったりする。そうした偽装工作にもお金を使っていました。
緒方のほうが性根がすわっていて、松永はビクビクしていた
――事件の捜査は当初、監禁生活から生き延びた清美さんの証言頼りで、松永は饒舌だけれども肝心なことは喋らず、緒方も黙秘を続ける。そんななかで検察は松永に般若心経を渡したり、「あなたの左に女性の顔が見える」と言ったり、動揺を誘おうとしたとあります。
小野 捜査員の印象を集めていくと、緒方のほうがどこか性根がすわっていて、松永はビクビクしていたといいます。大分の国東半島と山口県の徳山を結ぶフェリーから被害者の遺骨を海に捨てたとの清美さんの証言から、警察は海底を捜索する。それで人骨が見つかったとの新聞報道がありました。後々被害者のものではなかったと判明しますが、あれは警察が報道させることで、松永の動揺を誘おうとしたんだと思います。観念させて自供させるための心理戦です。
――小野さんの過去のインタビュー(「本の話」)で、拘置所で面会したときの松永の印象を「罪悪感のない明るさ」が不気味だったと話されているのが印象に残っています。
小野 松永はほんとうに屈託がないんですよ。本人がわざとそうしているのではなくて「自分はやってない」と思い込んでいるうち、そうした雰囲気が出来上がったように思えました。