面会を続けるための駆け引きも
――松永は開口一番「先生」と呼びます。その後「小野さん」「一光さん」と呼び名を変えていきますね。
小野 多くの殺人犯と面会取材をしていますが、呼び方にそれぞれの人柄が出てきます。松永の場合は、僕との距離を縮める演出として「先生」「小野さん」「一光さん」と変えていったように思います。それを彼は本能に近い形でしているんだと思い、怖いなと思いましたね。
――拘置所の面会を受ける、受けないは、相手次第ですよね。会ってもらい続けるための駆け引きのようなものは?
小野 それはありますね。言いなりになるわけにもいきませんが、すべてを無下に拒絶すると、相手には僕と面会するメリットがなくなり、当然会ってくれなくなります。だから、どこか期待させる部分を残しておかないといけない。
「衣類や読みたい本を差し入れてくれるから」とか「誰々へ連絡してくれるから」とか、僕に会う理由はいろいろあります。でも一番多いのは、自分の意見を外に発表してくれるかもしれないという期待です。松永はこのタイプでした。
「自分の無実を世間に伝えてもらいたい」と言うんです。だからといって、聞き入れるわけにもいきませんから、なんとか打ち切られないよう、彼の望みを叶える可能性を匂わせながら、面会を繰り返しました。
それでも松永に会っておいてよかった
――松永から無実を訴える手紙が届いたのを最後に、彼が面会に応じることもなくなり、関係は切れてしまいます。
小野 松永が私に会ってくれたのは「自分にとって都合のいいライターが欲しい」、つまり「目の前にいるこの男を自分の主張を外に対して発表する手段として作り変えてやろう」と考えたからだと思います。やがて「使えないライター」だと判断されたのでしょう。
ただ僕も何度か会ううち、松永からはこれ以上はなにも引き出せないと思うようになっていました。なにしろ、本人が面会や手紙で言っていることがまったく変わらないからです。事件に対して贖罪の意識を持ち始めるとか、心情の変化があればそれを記事にして発表できますが、そうしたことは期待できないとの思いが自分のなかにはありました。
それでも僕は松永に会っておいてよかったなと思います。
――座間9人殺害事件の本(『冷酷』)についての藤木TDC氏によるインタビュー(「特選小説」2021年6月号)で、面会したことのある人物が死刑になるのはどんな気分かと聞かれ、小野さんは「嫌な気分です」と答えている。それは松永に対しても同様でしょうか?
小野 これまでに面会した殺人犯のなかで死刑が執行されたのは、福岡一家4人殺害事件の魏巍です。それから福岡3女性連続強盗殺人事件の鈴木泰徳は、面会所の横長の覗き窓から彼が僕を見たときに目が合っただけですが(面会は拒否される)、死刑が執行されたときは本当にショックでした。
松永もそうでしょうね。何度も直接、会って話した人間ですから。
写真=松本輝一/文藝春秋
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