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「ヤベの子どもをボロボロ産みやがって!」継父の凄惨な家庭内暴力、極貧、そして中学校で言われた「矢部菌」…矢部美穂(45)が水着で輝くまでの“壮絶半生”

矢部美穂インタビュー#1

2023/02/18

genre : エンタメ, 芸能

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いじめで不登校になった中学時代。ひとりになれる駅の個室トイレが癒しだった

――中学時代は家庭も大変でしたが、学校も不登校だったと伺いました。

矢部 一番ひどかったのは中1くらいですかね。元々人見知りだし、自分を表現できるとか、何か秀でてアピールするものもなかったし。そもそも、家の中もそんな感じだったので、勉強どころじゃないというか、成績もすごく悪かったです。中学のときって、大人しくて成績が悪い、この2つが揃うとイジメの対象になったりしませんでした? 今みたいによく喋る子だったら、、成績が悪くても違ってたかもしれないけど。当時はそういう子ではなかったので、学校という世界では生きていけなかった。

――部活に入るようなことはありましたか?

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矢部 中学って部活とか入らなきゃいけないじゃないですか。なぜかバスケットボール部に入ったんですけど、無理でした。人と話せないんで。バスケットボールってチームワークですよね。でも人と話せないと無理じゃないですか。

 それに部活とは別で、祖母に髪を切ってもらったら、自分のイメージとは違う「オン ザ 眉毛」にされ、おかっぱみたいな感じにされたんです。そこでまずイジメられて。さらに、たまたま隣のクラスで私と同じような髪形をしている子がいたんです。その子も暗い子で、周りから2人が似ていると噂になって、そこから一気にいじめが加速しましたね。私が近くに寄ると、「矢部菌が伝染る」って言われたり、学校もたまにしか行かなくなりました。

撮影 山元茂樹/文藝春秋 

――学校に行かない日は、家にいるのでしょうか?

矢部 鞄に私服を入れて、自分の家の裏で着替えて、駅のトイレの個室に一日こもってました。アイドルに手紙を書いたり、ラジオを聞いたりして、すごく幸せなんです。誰も私をいじめてこないし、自由な空間がとても居心地が良くって、最高の時間というか。

 朝8時過ぎから個室にこもって、学校が終わる時間……、14時とか15時でしたっけ? そこに間に合うように制服に着替えて、みんなが下校する前にそっと家に戻るんです。学校には、「今日、体調が悪いんで休みます」って、毎朝自分で電話してました。学校も、こんなに長期間休んでおかしいって思いそうだけど、うちは家自体が戦争だったし、母も学校行事に行かないし、家と学校に距離が出来たんですよね。家庭訪問も父が嫌がっていたので、学校も「あの家ならしょうがない」って諦めてたんじゃないかな。

ジャニーズが大好きでした……! 一番好きなのは……

――ちなみに、アイドルに手紙を書かれていたそうですが、アイドルが癒しになっていたのでしょうか?

矢部 ありますね。昭和のアイドルとか、ちょっとヤンチャな雰囲気のアイドルも好きでしたね。自分は学校でイジメられているのに、不良っぽい人が好きっていうのも変なんですけど。

 あと、ジャニーズが大好きでした……! 光GENJIとかSMAP、忍者も好きだったけど、一番はSMAPかな。ファンクラブも入ってたし。まだ売れる前のSMAPから好きで、筆箱の裏にSMAPの切り抜きの写真をギッシリ貼ってました。たまに学校に行くと、それを見て、よし、あと数時間耐えよう……! みたいな。ただ、まだSMAPが売れる前だったので、誰もSMAPを知らなかったんですよ。私、早かったんです、これからのアイドルとか見つけるの。それで「誰だよ、こいつら」って筆箱指して言われるんですけど。

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