1ページ目から読む
2/4ページ目

 フィリピンに滞在する外国人の間で、入管は長らく悪名高い組織だったことは事実だ。

20年前、無実の罪で拘束された日本人男性の末路

「樹海旅団」などフィリピンを舞台にした作品が多数ある作家の内山安雄氏は以下のような事件を記憶している。20年ほど前に日本人男性が入管に拘束されたケースだ。 

「マニラのマラテ地区でラーメン店を経営していた知人の日本人男性が突然、入管に拘束された。その男性にはフィリピン人の妻がおり、ビザには問題なかった。しかし、その妻が男性を『ペルソナ・ノン・グラータ』(好ましからざる人物)として入管に告発したんですよ」

ADVERTISEMENT

 ペルソナ・ノン・グラータは、外交関係に関するウィーン条約に規定されている当事国の権限で、理由を開示することなく一方的に「好ましくない」外国人を国外退去処分などにできる。

 この発動は通常、テロリストやスパイ容疑者らが対象だが、フィリピン入管は家庭内問題でも発動していた。

「その妻が男性を入管に訴えた理由は男性の浮気でしたが、それも本当の理由ではなく、妻とその愛人のフィリピン人男性がグルになり、日本人男性を強制送還してラーメン店を乗っ取ろうとしたためでした」(内山氏)

 男性は入管収容所内から事実無根を訴え続け、後に釈放されるが、ラーメン店は最終的に手放すことになったという。

 筆者も1990年代初め、まだマニラの旧市街にあった入管収容所を訪れた際「浮気を理由に妻に告発され、収容された」という日本人男性に会ったことがある。当時の収容所は一室8畳間ほどの広さ。下水や排泄物の臭いが漂う薄暗い場所に複数の日本人を含む十数人の外国人がいた。そこは人間の収容所というより動物の檻のようだった。

フィリピンに滞在する日本人が長年、鉄則としてきたこと

 フィリピンで暮らす外国人にとって入管は「絶対権力者」であり、日本人滞在者の間では「できるだけ関わりを持たないこと」が鉄則とされてきた。筆者が2021年まで勤めていた日刊まにら新聞の創業者である野口裕哉(ひろちか、故人)氏は「親、夫、きょうだいが入管職員である場合は絶対にスタッフに採用しない」と言っていた。労使トラブルが起きた時、ペルソナ・ノン・グラータを発動されると勝ち目がないためだった。