その時、「食事」という文化が生まれた。食事は個々の食欲を満たすだけでなく、他者との関係をつくり維持する重要な社会的な道具となっていったんです。
堤 進化の過程で食べ物を分け与えるようになって、他者のことを考える文化やスキルが生まれた、そういう順番だったんですね?
山極 その通りです。人間は猿の子孫ですから、毎日食べます。ライオンやヒョウのような動物だったら3~4日に1度で十分ですが、人は1日のなかでも2度3度と食事をとり、他人と食卓を囲むわけです。これは共感力を育む、またとない社交の機会なんですね。
堤 今は昔と違って家族がバラバラに食事をしたり、若い部下をご飯に誘っても「忙しい」と断られたという声が多いですし、コロナで自粛中にデリバリーも大ブレイクしました。先生、『孤独のグルメ』ってご覧になったことがありますか。五郎さんという独身男性の主人公がひとりで美味しそうなお店を探し、ひとりで食べて脳内で会話する漫画なんですが、まさに現代人に大人気、ドラマ化もされてます。
スマホの普及で食事もどんどん個人化されてますけれど、便利さと引き換えに失ってるものを考えると、かなりもったいないですよね。
山極 他人と一緒にご飯を食べると、ただ食欲を満たすという以上に、仲良くなりますよね。みんなで一緒に食べることはいかに楽しい営みかを、もっと思い出すべきです。
ひとりで食べたら10分で終わるご飯でも、3、4人で食べたら、時間かかるじゃないですか。それは互いに食べる速度を合わせる身体的な「同調」なんですね。会話は意味を伝えあうコミュニケーションだから一定の技術が必要になりますが、食事には対面するのに理由がいらない。あまりしゃべらなかったとしても、食べながら同調しているだけで、互いの共鳴感が増すんです。
堤 何故一緒に食べるだけで心のつながりができるんだろうと不思議でしたが、無意識に全身で同調していたんですね、謎が解けました。言葉を使わなくても、同じ空間で食事をすることが大事だと。そういえば、「同じ釜の飯を食う」という日本語には、信頼できる仲間、というニュアンスがありますね。
ゴリラも人間と同じように食べ物を分け合った時が一番満足する
山極 さきほどゴリラはねだられて食物を分けてあげている話をしましたが、実は、そんな分け合った食べ物をお互いちょっと離れて一緒に食べている時が一番満足するようなんです。ハミングという歌声を出すんですよ。