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カメラの前で怒鳴り「見せ場」をつくる

 ヤクザの側にもメンツはある。衆人環視の中、天敵の警察に対して従順な顔は出来ない。それに警察には、違法な捜査は許されない。正当に抗議すれば人権は武器となり、警察に対抗できる飛び道具にもなりうる。

 昭和の山口組分裂抗争は、離脱派が一和会を名乗ったため、山一抗争と呼ばれる。この頃のテレビ映像を見ると、山口組側が警察に対して捜査令状を要求したり、取り締まりの法的根拠を問いただしたりしている様子が残っている。山一抗争で一和会のヒットマンに殺害された山口組竹中正久組長は法律を詳しく勉強し、警察の捜査に順法精神を要求した草分けである。

 メンツに生きるヤクザもまた、カメラの前で甘い顔はできない。そのため、時には吉本新喜劇のコントさながらの事態も起きる。

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 今回の山口組抗争で、離脱派である神戸山口組の傘下組織が銃撃された際のことだ。テレビの取材スタッフが現場入りし、事務所前で掃除をしていた組員に話しかけ、ダメ元で取材を申し込んだらしい。

 その時はとても和やかに話が進んだのだが、その後、幹部が出てきてテレビクルーにこう打ち明けた。

「うちも取材のマスコミにニコニコ対応できないから、カメラを回すときは、あんたらを怒鳴りつけるからよろしく」

 テレビ側にすれば渡りに船である。ヤクザが怒鳴る映像は是が非でも欲しい。

「おいコラ、なんだてめぇら。帰れ。いい加減にしやがれ」

 思った通りの迫力映像が撮影でき、スタッフは小躍りしたことだろう。

 前述の山一抗争では、組事務所を訪れ、呼び鈴を押す取材スタッフが怒鳴りつけられたり、水を掛けられたりする映像が頻繁に流された。おいしい映像をいっそう迫力あるものに仕立てるため、抗争終盤には女性アナウンサーたちがマイクを持たされ、組事務所に突撃させられた。フジテレビの看板アナウンサーである安藤優子もそのひとりだ。

暴力団報道は気苦労の連続

 同じマル暴でも、実際の捜査を担当する刑事と、情報係ではまるで毛色が違う。情報のプロである刑事たちは、おしなべて丁寧な口調を崩さず、看板を盾に虎の威を借るような態度はとらない。なにせ警察は情報をくださいとお願いする側だ。ヤクザの態度をことさらに硬化させるメリットはひとつもない。北風でコートを脱がせられなくても、陽光が照りつければ「ここだけの話」も出てくる。

 情報を取るため一緒に飯を食えば、自分の分の代金は払う。私がその場に同席した際、目の前で結構な額を払うので、それを原稿に書いたことがある。

 その後、某事務所で出くわしたのだが、エレベータに乗った途端、「なんでああいうこと書くんだよ。困るよ。そもそも親分が困るだろ」と抗議された。どうやら私が書いた原稿を国会議員が取り上げ、国会で質問したらしい。不承不承頭を下げたが、「親分に迷惑がかかるだろ」という言い分に納得できず、険悪な状態になった。だから、のちに山口組から「お前のネタ元はどこだ!」と詰められたとき、私は迷わずその刑事の名前を伝えた。どうせ嘘だし……。

 その後もずっと険悪だったのだが、とある義理場で顔を会わせた際、その親分が私とその警察官を呼び、「あんたらは仲が悪いそうだな。ここで手打ちをしろ」といわれ、おそらく相手も不承不承、苦々しい顔で私と握手をした。手打ちもなにも、私は見たままを脚色せず、そのとおりに書いているだけだ。

 懇意の刑事との関係は、暴力団のそれより数段気を遣う。表沙汰になれば暴力団から勘ぐられるし、刑事もこれまでのように情報はくれないだろうからだ。誰とつながっているかは決して口外できない秘密なので、現場であっても周囲に関係がばれないよう、あえて声はかけない。

 さらりとした記事にみえても、暴力団報道は気苦労の連続である。記事の背後にはそれぞれの記者の戦いが潜んでいる。ヤクザと警察という猛者を相手に、ピアノ線の鋭敏で綱渡りを繰り返す記者たち――暴力団報道の行間を想像するのもまた一興。読書の新しい楽しみになるだろう。

 今後、実話誌のヤクザ記事を読む際には、そうした事情をぜひ思い出してほしい。