正樹さんの視線には、人と目を合わせない、しかし自分が話すときだけ相手の目を凝視するという独特さが認められ、発達障害の一種である自閉スペクトラム症(ASD)を確かめてみる必要性も感じました。
参考までに、自閉スペクトラム症の診断基準を、DSM-Ⅴ(精神疾患の分類と診断の手引第五版)からまとめます。
自閉スペクトラム症の診断基準に該当するか
以下のA、B、C、Dを満たしていること。
A:社会的コミュニケーションおよび相互関係における持続的障害(以下の3点で示される)
(1)社会的・情緒的な相互関係の障害。
(2)他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーションの障害。
(3)年齢相応の対人関係性の発達や維持の障害。
B:限定された反復する様式の行動、興味、活動(以下の2点以上の特徴で示される)
(1)常同的で反復的な運動動作や物体の使用、あるいは話し方。
(2)同一性へのこだわり、日常動作への融通の効かない執着、言語・非言語上の儀式的な行動パターン。
(3)集中度・焦点づけが異常に強くて限定的であり、固定された興味がある。
(4)感覚入力に対する敏感性あるいは鈍感性、あるいは感覚に関する環境に対する普通以上の関心。
C:症状は発達早期の段階で必ず出現するが、後になって明らかになるものもある。
D:症状は社会や職業その他の重要な機能に重大な障害を引き起こしている。
自閉スペクトラム症と診断するためには、このうちAとBの主症状を両方とも有することが求められるのですが、正樹さんにはBがまったく該当しないのでした。
「このまま死のう」と思い詰める程でしたので、現在の気分状態を調べるスクリーニング検査を実施したところ、「抑うつ」「混乱」「疲労」などが極度に高い値を示し、パニックに近いような状態にありました。やはりとても仕事をしていられるような状況にはありません。
そこで、どうして職場に向かう途中で死ぬことを考えるようになっていったのか、その経緯を詳しく聞いてみることにしました。
毎日3時間の睡眠しか取れていない
正樹さんは親の持ち家で独り暮らしをしつつ、深夜トラックの運転手をしていました。本来なら20時から運転を開始し、目的地で荷物を積み、それを別の地へ届けてから、早朝に戻ってくるというのが仕事の内容です。休憩時間を含めて朝の7時までには終わることになっていたそうです。しかし、
正樹「睡眠不足が続いて疲れました」
「眠れないのですか?」
正樹「時間がないです」
「寝る時間がないということ?」
正樹「はい。早く出勤しているので」
「それでは勤務時間が長くなり過ぎていませんか?」
正樹さんの日常は、朝の8時頃に職場に戻り、自宅に帰るのが9時頃で、それから3時間程度の睡眠をとって食事や入浴を済ませます。そして13時過ぎには家を出て職場に向かうというものでした。
「職場に早く出かけるのは、追加の仕事を頼まれたりするからですか?」
正樹「いや……」
「運転の前に何かすることがある?」
正樹「いえ、ないです」
「するとなにが理由なのでしょう?」
正樹「荷物を積むのに時間がかかって」
「荷物を積む?」
正樹「現地に着いてから段ボールの荷物をトラックに積みます。普通なら1時間もあればできるのに、4時間はかかってしまって」
「それが早く職場へ行く理由ですか?」
正樹「そうです。午後3時くらいには職場を出ないと、荷物を届けるのに間に合わないです」
朝には荷物を届けて帰ってくるという仕事。その時間を守るために、出発を他の社員よりも4時間も早めているために起きた超過労働と睡眠不足でした。