「このまま死のうかと……」心理センターにそう電話を掛けてきたのは、発達障害を抱える33歳の男性だった。公認心理師である長谷川博一氏が、彼とのカウンセリングの一部始終を明かします。(全2回の1回目/続きを読む

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電話をかけてきた運転中の男性

 夕刻、職場を閉める間際のこと、静寂を切り裂く電話の音が響きました。女性スタッフが受けると、慌てた様子で「緊急性が高いよう。男性の方」とメモで知らせてくれました。そこで私が交代して話してみることにしました。

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「どうされましたか?」

男性「このまま死のうかと……」

 声に覇気が感じられません。

「崖っぷちにいらっしゃるようですね。今、どちらでしょう?」

男性「運転中で、もうわけがわからない」

「こちらまでは遠いところですか?」

男性「1時間以上はかかるかも」

「お待ちしていますので、是非お話を聞かせてください」

男性「とりあえず行きます」

写真はイメージ ©️AFLO

 1人の人間の命がかかわる事態です。この日、私はこの男性の到着を信じて夜まで待つことにしました。1時間半が過ぎた頃でしょうか、彼は約束通りに来てくれました。正樹さん(仮名)33歳、大型貨物自動車の深夜運転の仕事をしていました。

 電話をかけてきた時はちょうど出勤途中だったとのこと。自家用車で向かおうとしたものの、違う方角へ運転し続け、職場から離れたところへ来てしまったのでした。

 数日前から出勤がつらくて、このまま車で遠くへ行って死んでしまおうと考えるようになっていたようです。たまたまこの日、運転の手を止めてスマホで「死にたい」と検索していたら、回りまわって私のカウンセリングセンターに辿り着き、衝動的に電話をかけてきたのでした。

 カウンセリングを開始して間もなく、正樹さんのスマホに着信がありました。発信先をチラッと見て、戸惑いを隠しきれないでいました。

正樹「職場の上司です」

「出られても構いませんよ」

正樹「なんて言ったらいいか、わからなくて」

「では、代わりに私が話しましょうか?」

 こうして、私のほうから、緊急カウンセリングの最中であること、今日の勤務は不可能であることを伝えました。上司はそれだけで十分に納得したわけではありませんが、少なくとも勤務できる状態にないことだけは理解されたようです。

コミュニケーションや対人関係が苦手な原因

正樹「うまく言うのが苦手で」

「それは仕事のことだけでなく?」

正樹「はい、昔からだめで」

「子どもの頃からですか?」

正樹「そうですね。先生にもよく怒られてました」

「うまく言えないというのは?」

正樹「何を言えばいいのかわからなくて、結局黙ってしまうんです」

「それは家族、たとえば親にもですか?」

正樹「親にも怒られてばかりでした」

 コミュニケーションや対人関係に苦手さを有しているのは明らかです。本人もそれを自覚していました。何らかの発達障害やコミュニケーション障害の可能性が疑われましたが、怒られてばかりで育った幼少期の環境要因によって生じているものかもしれません。