「私は決して見捨てない」――2度の服役を経験したが、獄中出産を機に更生し、今では建設請負会社社長として働く異色の経営者・廣瀬伸恵(ひろせ・のぶえ)さん。
刑務所の出所者を従業員に雇い始めた頃、彼女はある17歳の少年と出会う。実の家族から虐待を受け、「親だと思ったことはない。刺し殺したいです」とまで言い切る彼の荒んだ心をどう救ったのか? ノンフィクション作家の北尾トロ氏による新刊『人生上等! 未来なら変えられる』より一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
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くそガキ、気に食わねえな
廣瀬が出所者の受け入れに興味を持ったのは事業を始めて1、2年たった頃で、動機は決してホメられたものではなかった。思うように従業員が集まらず、集まったとしても定着せず、困っていたのである。
応募者に年長者は少なく、十代半ばのヤンチャな少年や、何かでしくじってムショ暮らしを経験してきた男たちが中心。出所を控えた人に声をかけておけば大伸興業で働いてもらえるのではないかと考えた。定職に就くことさえ苦労することは自分もよく知っている。
この時点でもまだ、人の役に立とうという発想はなかった。欲しいのは頭数(あたまかず)。仕事は入ってくるのに、出せる人数が足りないのが悩みのタネだったのだ。やるからには上を目指す。納豆ご飯を食べられることをありがたく感じる時期は終わっていた。
「お金、好きだからね。出所者に目をつける業者なんかいないだろうから私の独占じゃんって、儲ける気満々。ところが、どうしたらいいかもわからないわけですよ。ひらめきが実を結ぶのは数年後のことで、私がいまのようになるにはいくつか決定的な出来事があったんです。その最初のやつがこの時期にやってきました。アイツとの出会いが私の人生を変えたんです」
話はここからが本番だと言わんばかりである。こちらが驚くようなことも顔色ひとつ変えずに話す廣瀬が力をこめる出来事とは。今度はいかなるドラマを聞かされるのだろうか。
闇金をやめて1カ月もしないうちに逮捕される
アイツとは、大伸ワークサポート取締役の原田健一(仮名)のことである。まだ20代だが、廣瀬の右腕的存在のひとりで、鋭い眼光が印象的。よく廣瀬宅へ食事にくるので何度か会っていたが、見ず知らずの僕やカメラマンのカンゴローを警戒しているようなので、話しかけるのを遠慮していた。
「大伸興業を設立して2年目のとき、うちにいたヤンチャな子の紹介で入ってきたんですよ。そのとき原田は17歳。いまだに目つきは悪いけど、もっと鋭かった。話しかけても無視するか『はぁ?』とかで、トゲのある子。礼儀作法もなってないから『このくそガキ、気に食わねえな』と好きじゃなかった。お互い、あいつは嫌いだと思っている関係」
当時もいまも、従業員には宿なしが多いため、廣瀬は資金の余裕ができると最優先で従業員を住まわせる寮を用意した。原田は2DKのアパートをほかの従業員とシェアする形で使い、そこから仕事に行くので、事務所にいることの多い廣瀬と毎日顔を合わせるわけではなかったが、それにしても態度が悪かったらしい。手料理をふるまっても、黙々と食べて帰るだけだった。