「友だちとは喋るのに、私には“話しかけるなオーラ”が出ている。人間嫌いな性格で、様子をうかがうし、バリアを張るんです。どうせシカトされるか睨まれるだけなので、私も挨拶しなくなっちゃった。このときは、『俺は闇金をやる』とか言って1年続かないくらいでやめたんです。そうしたら1カ月もしないうちに捕まったんですよね」
汗水たらして働くよりラクして稼ぎたかったのだろうが、うまくいかなかったのだ。犯罪慣れしている廣瀬にとってはどうでもいい部類の事件。嫌ってもいたから心配さえしなかった。
廣瀬が驚いた「虐待」の事実
そんな彼女のもとへ、保護司から連絡が入った。拘置所に収監されている原田についての問い合わせである。働いていた職場の代表ということで名前が出たのだろう。
「廣瀬さんは原田君がどういう家庭環境で生まれ育ったか聞いたことがありますか」
幼い頃から虐待を受けてきたことなど、廣瀬の知らないことを保護司は語り、とてもじゃないけど実家には戻せないという。その内容は、少々のことでは微動だにしない廣瀬の心を揺るがすほど衝撃的なものだった。
「知らなかった。あの子、私と口をきかないんですよ」
答えながら思う。家庭環境がそれほどひどければ人間不信にもなるだろう……。トゲのある態度には、人間不信にならざるをえない理由があったのだ。
「彼もまた雇ってもらいたがっているし、どうでしょうかね」
「本人がやりたいと言うなら、うちはいいですよ」
そう答えるしかないというより、そう答えるべきだと、廣瀬の母性が訴えかけてくる。実家に戻れば確実にまた荒れるのは目に見えていた。好き嫌いを言っている場合ではないのだ。
悔いを残さないように決めた“覚悟”
「親御さんが当てにならないのでぜひお願いしたい。ただ、未成年だから保護者が必要で、本来は親なんだけど、どうだろう、親代わりとして家庭裁判所の審判に出てもらえませんか」
「わかりました。原田がそれでいいと言うなら引き受けます」
情状証人や身元引受人は経験済みだから要領もわかる。だが、電話を切ったあとで、それだけでは不足な気がした。大伸興業で再雇用するだけでは、一時的な避難先にはなれても、また出ていってしまいかねない。
それはあの子の問題だと突き放す気にはなれなかった。雇い主としての責任感で、菓子折りを持って謝罪に行ったり、証人として情状酌量を求めたこれまでのケースと今回は違う。事情を知った上で身元引受人になるからには、人と人として、立場抜きでとことんつきあう覚悟を決めないとダメだ。それでも嫌い合うままなら仕方がないが、中途半端なことをしたら悔いを残す。
そうだ、自分が捕まったとき、親が面会にきてくれたことがとても嬉しかったのを覚えている。私も原田に会いに行こう。親の愛情を受けてこなかったあの子に、私なりの親らしいことをすることによって、変わってくれたらいいな……。