おまえの母ちゃんになってやる
仲の悪かったふたりが面会室で向き合う。奇妙な感じだ。廣瀬の気持ちは伝わったのだろうか。
これが成功したのだ。原田は照れているような、はにかんだような笑顔を見せて、初めておだやかに話をすることができた。
「面会にまできてくれるとは思わなかった」
「いや、くるよ。おまえ、いろいろあったんだな」
ことば数は多くなくても気持ちが通じ合う感触を廣瀬は得た。突っ張っていても、原田は人の心をちゃんと持っていて、ただ寂しいだけだったり、悪ぶっていただけなのだ。
「出たら戻っておいでね。アパートを用意して待ってるから」
審理の結果、少年院送りにはならず、鑑別所で約1カ月過ごしたあとに出てくることができた。以前とは別人のように喋るようになり、仕事のことからプライベートなことまで、ざっくばらんな話ができるようにもなった。比例するように、仕事への取り組み方も真剣になっていく。
心を開いてくれたのだ、と思った。かたくなに自分を拒否していた原田が、少しずつではあっても、自分を開放しようとしているのがわかる。私のしたことが彼をいいほうに変える一助となったのなら、なんて素晴らしいことだろう。
もしかしたら、私はこの子と出会うべくして出会ったのではないか。目標のないまま流れに身を任せ、目先のことだけ考えて生きてきたけれど、あなたにもできることがある、こういうことをしていきなさいと神様が教えてくれているのではないだろうか。
原田が親を憎む理由
原田の変化を確認した廣瀬は、腫れ物に触るように接するのを意識的にやめた。私はこの子を信頼できるようになったし、信頼してほしいと願っている。では、どうするのがいいか。すべてオープンにすることだ。普段通りが一番いい。
ある日、ふたりで話し込むうちに原田の家庭のことになった。親のことをどう思っているか尋ねると、眉ひとつ動かさずにこう言った。
「親だと思ったことはない。刺し殺したいです」
そこまで憎んでいるのか。
「母親が死んだら喜びますね。葬式は黒いネクタイじゃないですか。でも俺にとっては喜ばしいことだから、白いネクタイをして出席してやるんですよ」
悲しくて涙があふれそうになった廣瀬は、忘れようにも忘れられないことばを、原田に向かって放った。
「そんなこと言うなよ。じゃあわかった。産みの親はその人だけど、私があんたの育ての親になってやっから」
原田の顔がパァッと明るくなる。
「おまえの母ちゃんになってやる。これからは私が親だかんな!」