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《人々は地下へ逃げた》ウクライナに降った砲弾の雨がもたらした「ミサイル墓場」と「地下帝国」《不肖・宮嶋ウクライナ戦記》

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2023/03/19

むちゃくちゃ明るい、にぎやかな駅構内

ハルキウ市の地下鉄「歴史博物館」駅。地下鉄の壁画にも芸術的センスと侵略に対する怒りを感じさせる ©️宮嶋茂樹

 隣の「ウニベルシチェット(大学)」駅のホームに列車が到着して目が点になった。地上の停電はどこ吹く風で、駅構内がむちゃくちゃ明るいのである。ただでさえ旧ソ連下の大都市の地下鉄は深く無駄に芸術的である。天井まで壁画が描かれていたり、石膏像がホームのそこかしこにそびえたりしとるが、この駅はそうやなく、キンキラピカピカに明るいのである。理由はすぐわかった。駅のホームでイベントやっとるのである。以前は暗く、難民がひしめき合って、すえた匂いが充満していた地下鉄ホームにクリスマスツリーがそびえているのである。星やトナカイのデコレーションがピカピカと点滅し、同じくホームに建てられたサンタクロースの家らしき小屋を照らしていた。

ハルキウ市の地下鉄「大学」駅。地上は停電だが、地下はしっかり通電しており、まるで百貨店のイベント・デコレーションである。普段は地下鉄で写真撮ってると警察や警備員がすっとんでくるが、この日は無礼講である。クリスマスが年明けのウクライナではしばらくクリスマスツリーが飾られたままであった ©️宮嶋茂樹

 車中の乗客までもが窓の外のにぎやかな光景をスマホで撮影しはじめる。以前はカメラを見ただけで警官がすっとんできたが、今は警備員が黙って遠巻きに見ているだけである。ほんとにこの上では戦争やってるのであろうか? 市民はそれを忘れたいのかこの駅に集っているようであった。子供らがホームをはしゃぎながら走り回る。母親たちはそれをスマホ片手に追いかける。ここはロシア国境からわずか50km、ウクライナ第2の都市ハルキウの地下に広がる日常であった。

こちらも「大学」駅。こっちはサンタクロースの家とあったが、ウクライナ正教でもサンタはおるんやろか?なんとか平和を運んできてほしいもんやが、ちなみにサンタの故郷はこのたびNATO(北大西洋条約機構)に加盟確実と言われているフィンランドであるそうな ©️宮嶋茂樹

フロイフ・ブラッティ駅、地下と地上の落差

 地下鉄1号線の終点がフロイフ・ブラッティ駅である。一時700人もの避難民が暮らしていた地下都市である。かつて多くの人が寝起きしていたホームにはだれも住んでいないように見える。ただホームの端の踊り場にはまだマットが敷かれ人が暮らしている形跡があり、それでもまだ10人ぐらいがこの地下で生活を余儀なくされとるという。その中にはなぜか日本人の中年男性が今も身を寄せていると聞き及び、なんどか通ったがお目通り叶わなかった。

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こちらは10カ月前の同じハルキウ市の地下鉄、「フロイフ・プラッツィー」駅。地上のヨーロッパ最大級の団地サリトゥフカ地区がロシア軍の集中砲火を浴び、住民らが避難してきた。その地下の人口たるや一時700人にも達した ©️宮嶋茂樹
地下都市の住民のほとんどが市が用意した地上に新たに設置された避難所に移っていった。ホームの両端には24時間湧き出ていた飲料水の蛇口が見える ©️宮嶋茂樹

 普通の日常に見えたのは地下だけであった。フロイフ・ブラッティ駅の地上はハルキウ市東北部のサルトゥフカ地区にあたる。40万人が暮らすIT企業の城下町、多摩ニュータウン並みのヨーロッパ最大級の団地群である。首都キーウ同様、ハルキウにもロシア軍が迫りつつあり、東部や北部のツルクネ、デルガチ村等もロシア軍に一時占拠されるまでになった。国境に近いハルキウはロシア軍にとって格好の的である。特に市の東北部のに位置するサルトゥフカ団地はハルキウ侵攻の最初の標的となったのである。徹底的な攻撃を受け、40万人が住んだ団地群は、あっという間にゴーストタウンと化したのである。

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