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 中山素平さん(日本興業銀行相談役)もたまりかねて、『大企業値上げ自粛』を提唱した。このとき日産自動車会長の川又克二氏がなんと答えたと思う?『値上げしなければ株主に対して責任がもてない』とうそぶいたのだ。それでは国民に対する責任はどうなのか。それとも日産自動車は国民なくして存在できるというのか。株主だけでやれるならやってみたらいい」

「それが資本主義の原則なら、私は資本主義を否定する」(「財界」1974年3月1日号)

 1987年、日本がバブル景気に踊った頃は、ある講演で訴えた。

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「私は儲けのために仕事をやらなかったし、儲けることは大事だが、国のためになる事業、つまり食糧増産、エネルギー、それに限ってやってきた。土地問題に手をつけなかった。土地を値上がりさせて儲けて何になる。自分はいいかしらんが、うちも持てない人も出てくるし、土地は投機の対象じゃないですよ」

「日本は儲けのために狂奔する。俺は会社のためにやるんだ、儲けなきゃいかん、と言う。しかし、もっと大事なものがあるんじゃないか。国のためになってるか、その前に社会のためになってるか考えたことあるか。まず考えたことないですね。だから、価値観念、根底から違っている」

「自由主義経済のために世界全体を戦火に巻き込んでいいはずがない」

 そして、最晩年、イラクのクウェート侵攻で、米軍主体の多国籍軍が編成され、湾岸戦争が起きた。この時の田中の発言は、こうだ。

「アメリカ人は自由主義経済を守るためとか、いろいろな『理念』を口にしているが、たかが自由主義経済のために世界全体を戦火に巻き込んでいいはずがない。そもそも自由主義経済は本当に行われているのか。その実態は民主主義、自由主義の装いをした富有階級の独裁政治にすぎない」(「経済往来」1991年3月号)

 シカゴ学派の影響を受けた経済学者は、世界に新自由主義を広めた。その哲学は、徹底した効率、市場重視で、国営企業の民営化、規制緩和が行われた。市場は信頼でき、競争に任せれば、最高の結果が得られる。自分たちは、間違っていない。そんな単純な楽観論が満ちていた。

 だが、やがて負の側面も現れ始める。民営化は、各国で首切りや公共料金の値上げを生み、医療や教育など社会基盤を弱体化させた。また、ごく一部の富裕層が富を独占して、貧困は拡大、深刻な格差が問題になった。