選手の技術はいじらないことが基本だが…
一方で「WBCのコーチならではのジレンマ」もある。WBCの首脳陣はこの大会で結果を出さなければならないが、選手にしてみればその後に始まるシーズンのほうが長い。彼らの年俸としてかかわってくるのは、シーズンにおける成績である。それにもかかわらず、WBCで故障させたり、技術をあれこれ教えてしまっておかしくなって所属チームに戻すことは絶対に避けなければならない。橋上はこの点についてこう指摘する。
「選手はそれぞれの所属チームに担当コーチがいます。それを無視して、一方的な指導をしてしまっては迷惑をかけてしまう。選手もWBCのユニフォームを着たコーチから指導されたら、あからさまに拒否はできない。ですから選手の技術については基本いじらないことが、WBCのコーチに求められるのです」
ただし、1つだけWBCのコーチが選手の指導を許されるケースがある。選手本人が納得するだけでなく、所属チームの監督の了承を得ることだ。前出の高代と川﨑の場合はしかるべきプロセスを経て指導を行っていた。けれどもこのとき指導されたことが合わなかった結果、選手が「元に戻したい」と言えば、それをノーと言えるだけの権限はWBCのコーチにはない。
「たとえ教えられることがあったとしても、本当に限られたことしかできない。それはWBCのコーチ職についた人たちはみんなが同じように感じているのではないでしょうか」
ライバルチームの選手をうまくしてもいいのか…
最後の「日本が勝つために必要なこと」とは、その選手がそれまで会得できていなかったスキルを身につけることが、日本の勝利に直結するからに他ならない。
13年のWBCではこんなことがあった。前回大会に引き続き、内野守備・走塁コーチとして招聘されていた高代は、ショートの坂本勇人(巨人)の捕球体勢とステップに問題があると見ていた。このときの内野陣は井端弘和(当時は中日)を中心にまとまっていて、若い選手は、坂本もそのうちの1人だったが、井端の守備力の高さに尊敬の念を抱いていた。
坂本の守備の欠点について、求心力の高い井端を介して話したほうが、彼自身も納得するだろうと考えた高代は、井端を呼んで「坂本にボールの入り方を教えてやってくれ」とお願いすると、こう返された。
「彼はセのライバルチームの選手です。そのショートをうまくするというのはどうなんですかね?」