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「全身血まみれの男がフラフラし、麻薬中毒者に道を聞かれ…」タコス屋になった東大7年生がメキシコで見た“中南米のリアル”

「全身血まみれの男がフラフラし、麻薬中毒者に道を聞かれ…」タコス屋になった東大7年生がメキシコで見た“中南米のリアル”

『東大8年生 自分時間の歩き方』#1より

2023/03/30

genre : ライフ, 社会

note

 いまこの文章を読んでいる時点では、メキシコそのものに興味をもったことのない方もいるだろう。だから、この章を通じて、そういう方にもあの国の魅力が伝わったらいいなと思うし、仮にそうならなくても楽しんでいただける部分はおおいにあると信じている。

 多くの人たちと出会い、いろいろなことについて考えさせられた貴重な1年間だった。ここではそうした記憶の一部をお伝えしていきたい。

 はじめにご紹介するエピソードは、僕がメキシコ滞在中に遭遇した、忘れられない「大泥棒」の話だ。ただし、大泥棒といっても悪党の話ではなくて、むしろ、その逆だ。誰も傷つけることなく姿を消し、奪ったように見せて、代わりに何かを残していく。

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「カリオストロの城」という、大泥棒ルパン三世を主人公にした名作アニメ映画がある。観たことのある方は、あの作品のラストシーンで、銭形警部がプリンセスに向けて語った言葉を思い出してほしい。観たことのない方は、この数行のことは忘れてくれてかまわない。でも、映画はお勧めする。鑑賞後、あなたもルパンにそれを奪われて、ついでに大盛りのスパゲティが食べたくなる。

 話を戻そう。あれは僕の日本の友人が男女合わせて4人でメキシコを訪ねてきたときのことだった。

その時、僕は良くも悪くもメキシコに順応しているつもりだった

 その日は、僕が暮らしていたメキシコシティから太平洋沿岸部のアカプルコというリゾート地に向かう高速バスのターミナル駅の周辺で、屋台で昼食をとりながら出発までの時間をみんなで過ごしていた。

メキシコのタコス屋で実際に働く著者 ©タカサカモト

 タコスを頬張りながら、ぼーっとよそ見をしていたところ、急にテーブルの反対側から「え、何? どういうこと?」と驚く声が聞こえたので振り返ると、一緒にいた女性の友人の1人が、知らないメキシコ人のおじさんに何事か話しかけられてとまどっている姿が見えた。よく見ると、その手には花束が握られている。

 ああ、物売りの人か。僕はとっさにそう判断した。

 メキシコでは、どこからともなく現れた物売りの人が、いきなり話しかけてくることは決して珍しくない。地下鉄に乗れば、たいてい各駅で各車両にそういう人が乗ってきて、飴やガムだとか、海賊版の音楽CDや映画DVDだとか、中国の幸運のお守り的な紙だとかを、大声で繰り出されるセールストークとともに売り込んでくる。

 ちなみにCDを売る人は、背中にスピーカーを背負っていて大音量でそれを流すので、たまたま近くに座っていると、思い切りびっくりしてしまうことがある。

 現在も同じような感じかどうかはわからないけれど、少なくとも2010年のメキシコの地下鉄では、それが日常の風景だった。

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