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「全身血まみれの男がフラフラし、麻薬中毒者に道を聞かれ…」タコス屋になった東大7年生がメキシコで見た“中南米のリアル”

「全身血まみれの男がフラフラし、麻薬中毒者に道を聞かれ…」タコス屋になった東大7年生がメキシコで見た“中南米のリアル”

『東大8年生 自分時間の歩き方』#1より

2023/03/30

genre : ライフ, 社会

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 そういう世界なので、食事中の僕らに突然、花を売ろうとするおじさんの1人や2人、急に現れたところで、決して驚くようなことではなかった。とくにこのときの僕は、すでにメキシコ生活も半年が過ぎ、良くも悪くもすっかり現地に適応していたつもりだったので、

「おじさん、悪いけど俺達ちょうどいまからバスに乗って遠方に行くところだから、花は買えないんだ」

 と普通に話しかけて、セールスをあきらめてもらおうとした。

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 ただ、たいていの場合、ここからさらに数ターンは押し問答が続く。その展開も想像しながらおじさんの反応を伺った。正直、ちょっと面倒くさいという感情もあった。ところが、次の瞬間、まったく予想だにしなかった言葉が返ってきた。

「違う。そうじゃない。この花は売り物じゃない。この娘にプレゼントしたいんだ」

 一瞬、何を言っているのか、意味がよく飲み込めなかった。だから、思わず「は!?」と聞き返していた。

ようやくこれは本気なのだと理解したワケ

「だから、プレゼントしたいんだよ。この娘が美しいから。通りかかったときにたまたま姿を見かけて、ぜひ花を贈りたいと思ったんだ」

「え? いや、それ、本気で言ってるんですか?」

「そうだよ。そう思ってこの花を持ってきたんだ」

「OK、なるほど、一応、わかりました。じゃあ、ちょっと、本人に伝えますね」

 そう言いつつ、僕も若干まだ首を傾げながら、その友人におじさんの趣旨を訳して伝えた。当然、彼女も「え? ウソでしょ」と驚いている。

 あらためてよく見ると、そのおじさんの目に邪気のようなものはまったく感じられず、むしろ文字どおりの意味で無邪気な瞳をしている印象を受けた。ようやく僕も、これは本気だと理解した。

「このおじさん、本気で言ってる。どうする、受け取る?」

 と、あらためて彼女に確認したうえで、おじさんに伝えた。

「受け取るって言ってますので、どうぞ渡してあげてください。というか、すみません、僕、おじさんのことを完全に物売りの人だと思ってました」

 彼は笑顔で「いいんだよ、ありがとう」と応じ、「美しいその娘」に花束を渡し、

「君は本当に美しい。ステキな女性だ。どうか幸せな人生を送ってほしい」

 そういった内容のことを彼女に伝えた。そして、

「ありがとう。じゃあ、良い旅を!」

 そう言って、本当にそのまま去っていった。

 メキシコでは、美しいと感じる女性を見かけた男性が、そのままいきなり声をかけること自体は珍しくない。ただし、たいていその言葉や態度は失礼なので、女性は無視して通り過ぎるのがお決まりだ。少なくない女性にとって相当な居心地の悪さ、生活しづらさがあるんじゃないかと思う。実際にうんざりしている現地の友人もいた。