中田翔に代打を送ったワケ
16年6月、ファイターズは首位の福岡ソフトバンクホークスにシーズン最大となる11・5ゲーム差をつけられていました。これ以上離されるわけにはいかない。我々は6月下旬に4連勝を飾り、27日に埼玉西武ライオンズ戦に臨みます。
4点差を追いかける7回裏、2点を返して2アウト一、二塁の場面で中田に打順が回ってきました。
中田は調子を落としていました。直近の10試合でわずか4安打に終わっており、この日も3打席連続で凡退していました。前のカードから10打席連続ノーヒットです。
代打がコールされた瞬間、札幌ドームに驚きのどよめきがあがりました。「私が監督の限りは翔が4番だ」という言葉は、マスコミを通じてファンの皆さんも知るところとなっていたからでしょう。
代打に送った矢野謙次(現・スカウト部スカウト)がフォアボールでつなぎ、さらに3点を追加して一気に8対7と逆転し、そのまま勝利をつかみました。試合後に番記者に囲まれた私は、中田に代打を送ったことについては「腰の張りがあったから」と説明しました。
バットが湿りがちなことや腰の状態以上に、私は中田のメンタルが気になっていました。いつもの彼なら阿修羅の如き闘志を燃やす場面にもかかわらず、自分への疑念が頭のなかで雲のように広がっていると感じられたのです。
翌日から2試合連続で、中田をスタメンから外しました。
8月にはメディアに“職場放棄”と書かれた事件もありました。延長11回裏に1アウト一、二塁のチャンスで打席に立った彼は、見逃し三振を喫します。自分への怒りに震えた中田は、試合終了を待たずに帰宅しようとしたのです。
結果的にサヨナラ勝ちを収めたことで、職場放棄にはなりませんでした。私は翌日に中田を監督室に呼び、心のなかの「真」をぶつけました。私の最善を尽くして、彼の心と正面から向き合いたいと考えたのです。中田もまた、怒りをまき散らすこともなく、本心を明かしてくれました。