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「日本は『台湾有事』に耐えられるのか」海上保安庁特殊警備隊「SST」元隊長が明かす“日本領海の危機的リアル”

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もしも「台湾海峡大橋」が建設されたら…

――ずいぶん強引にも見えますが、習近平主席の肝いり施策で「台湾を陸続きにする」と2035年までに台湾と本土をつなぐ全長130キロの橋を架けるという話もあります。どのように捉えていますか?

住本 そんなに短期間で作れるのかと疑問ですし、技術的に難しいのではないでしょうか。バカバカしいですし、ホラ話だと信じたいです。仮に実現すれば、通るだけでもいちいち中国政府の許可を取る必要があるでしょうし、橋の下を通る順番を待ったり、「この時間はここしか通れません」と通行規制がかかったりする可能性もあります。

習近平国家主席 ©時事通信

 そうなると日本の船の航路が、中国政府のサジ加減で決まることになります。瀬戸大橋ですら下を通るのは高さ制限があって大変で、ましてや管理が中国だと管理者の気分次第で円滑な航行が妨げられるかもしれません。

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――漁業や物流に大きな変化が起きそうです。

住本 一般的にはあまりイメージがないかもしれませんが、日本の物流は船が止まれば終わりです。エネルギー資源であれ何であれ、船の輸送がなければどうしようもありません。また、橋のような巨大な建造物ができると、海流が変わり漁業にも影響が出る可能性もあります。橋は中国と台湾だけの問題ではなく、日本にとっても大きなマイナスになるのは間違いない。

「ぶっつけ本番。装備に電話帳」危険すぎる領海警備

――国民の実生活に大きな影響が出る、と。日本は海を挟んで中国やロシアと対峙していますが、その割に危機意識は希薄な印象があります。

住本 本当にその通りで、日本は海岸線を結べば地球一周の85%の長さがあるほどの海洋国家です。この膨大な海域の安全を日々守っているのは、私が所属していた、たった1万2千人しかいない国交省の外局の海上保安庁。日本では重油の流出事故や大きな船の沈没などがない限り、マスコミの注目を集めることはありませんが、実は不審船の取り締まりなどは日々行われています。

――1万2000人でも足りない。

住本 かなりギリギリの人数ですよ。私が任務にあたっていた1990年代には、中国人の密航事件や海賊事件が全国で頻発しており、200人近い密航者をわずか4人程度の少数の保安官で制圧しなければいけないような危険なケースもざらにありました。今でも、国民は陸の事件には関心があっても、海の事件への関心は低いままだと思います。

尖閣諸島(提供/石垣市)

――確かに国民の関心の低さが、不十分な体制の根っこにあるのかもしれませんね。

住本 私が海保のSSTにいた時には、不審船が見つかって現場召集がかかり、帰還途中にまた事件が発生し、5件ぐらい連続で現場に向かったこともあります。現場に着くまでの情報も、「外国人が暴動を起こしている」ぐらいしか入らず、いつもぶっつけ本番。

 当時は今と違って装備も不十分で、防弾チョッキもちゃんとした性能のモノがありませんでしたし。「電話帳を間にかますだけでも違うんちゃうか」と服の下に入れるような有り様でした。相手になめられないように威圧的に乗り込んでいきましたが、多勢に無勢。ハッタリに近いところがありましたね。

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