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「日本は『台湾有事』に耐えられるのか」海上保安庁特殊警備隊「SST」元隊長が明かす“日本領海の危機的リアル”

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「自爆もしゃあない」隊員たちの重すぎる覚悟

――月並みですが映画の世界のようです……。“自爆命令”は隊員たちも知っていたのですか?

住本 船には私を含めて海保からは20代の隊員13人が乗っていましたが、皆知っていましたし、自爆の覚悟もしていましたね。

 当時、私は爆発物を扱う責任者でした。技術的には難しいのですが、積んでいる燃料を搭載した爆弾を大気で破裂させれば、放射性物質が地球上に撒かれ、多くの死傷者が発生する可能性がある。つまり、地球が“死の星”になり、家族や友人も失う危険がありました。だから自爆については「しゃあない」と隊員たちは腹を括ってました。

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海保の隊員証

 しかし船には海保以外に動燃(動力炉・核燃料開発事業団)の職員や、船員が乗っていました。彼らには「もしものことがあれば……」と伝えることは許されず、仲良くなってもいけなかった。自爆の際、情が絡んでためらう可能性がありますから。

 普段はそういった嫌な空気を感じさせないため、元気に笑いながら船の上を走ったりするトレーニングをしていました。私はポケットに常にプラスチック爆弾1kgを携えていて、起爆するための雷管を10本以上、身に着けて生活していました。テレビもなければ、衛星電話も高くて使えない。気が滅入りながらも、緊張感をもって過ごす日々でした。

「海保ってカッコいいよね!」では通用しない厳しさ

――海保と一口に言っても色々な任務があるのですね。海保といえば、大ヒットした「海猿」のイメージも強いですが……。

住本 「海保ってカッコいいよね!」と甘い考えで入って来る人は増えたかもしれませんね。私も経験しましたが、潜水士の訓練は厳しいですよ。訓練中に不幸にも事故で亡くなられた方もいました。訓練を経て、選ばれるのは年間で10~20人くらいです。

海上保安学校で授業を受ける学生 ©時事通信社

 ただ、特殊警備隊の方が厳しかったですね。大阪の基地から海まで歩いて行って、そこから泳いで関空を一周回って帰ってこさせられたり、何かあった時に電話をかけられるように110円だけ持たされて、100km行軍をやらされたり、なんてこともありました。

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