――危険な任務に耐えうる力を身に付けるのは並大抵の訓練ではできないんですね。
住本 海保は警察と同じく縦社会で、私は先輩から「ボケカス!」と怒鳴られて育ちました。海保では、入庁した「期」が一番重要で、これは自分の階級が上になろうとも変わらず、先輩には一生頭が上がりません。退職から20年が経った今でも、電話が来れば「お疲れ様です!」と自然と背筋が伸びますね(笑)。ただ、国境警備はこうしたことが絶対的に必要な任務であることは確かです。
尖閣事案のビデオが流出した件はご存じですか?
尖閣の攻防戦ビデオ流出で明らかになったこと
――2010年に中国漁船衝突の映像を現役の海上保安官がYouTubeに投稿した件ですか。尖閣諸島沖で領海を侵犯した中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりをしました。映像には激しい攻防が記録されていて、当時大きな話題になりましたよね。
住本 まず、あの映像が秘匿映像か否かの議論はまずおいておいて、少なくとも海上保安官が独断で流出させたことは組織人として問題ある行動だったと思います。海上保安庁は「規律官庁」とも呼ばれるほど厳しい組織です。上司に相談せず、あのような行動はとるべきではありませんでした。
ただ一方で、あの映像によって領海警備がどれほど危機的状況のなかで行われているかが明らかになった側面もあると思います。
――と、いいますと。
住本 中国側があれほど強引に侵犯してきているにもかかわらず、中国漁船の船長は逮捕されましたが釈放され、領海侵犯がうやむやになってしまいました。日本の主権を守るのであれば、船長を罰金刑に処すべきだったんです。しかし、そうはならなかった。
欧州など、陸地に目に見える形で国境が定まっている地域では考えられません。国全体の、国境に対する意識の低さがあらわになった事件だったと感じています。そしてそうした意識は、あれから13年経ったいまも変わっているとは思えない。
――当時よりも国同士の衝突は現実味を増しています。
住本 中国による台湾海峡大橋も実現する可能性は低いかもしれません。しかし、国境警備の危機レベルは年々上がっています。台湾有事が起きてから事を構えても、手遅れになりかねません。いま一度、領海について国をあげて考えるべき時期に来ているのではないかと思います。