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「日本は『台湾有事』に耐えられるのか」海上保安庁特殊警備隊「SST」元隊長が明かす“日本領海の危機的リアル”

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「カラシニコフの銃口を…」北方領土での緊迫する攻防

――住本さんは北方領土でも勤務経験があると伺いました。

住本 大前提として日本の国境は全て海にあるので、「ここからが日本だ」という明確な線は、目に見えません。良い漁場を求めて国境近くに日本漁船が行ってしまい、ロシア側と攻防になるのは日常茶飯事でした。

 ロシア側としては、漁師を捕まえれば船や積んでいる海産物、また船員の“身代金”も取れるのでおいしいんです。漁船に近づくロシアの巡視船の横に急加速して滑り込み、漁船を守ろうとすると、ロシアの巡視船は平気でカラシニコフの銃口をこちらに向けてきたり、砲撃しようとしたりと威嚇してきます。横暴なようにも見えますが、自国の国民と資源を守るために命を懸けるのは当たり前なのです。

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海保時代の住本祐寿さん

――命懸けの攻防が繰り広げられているんですね。

住本 領土領海を守る国家間の戦いは本当にシビアで、「竹島なんかくれてやれ」という人もいますが、この小さな島だってくれてやれば、周辺200海里の魚からエネルギー資源から全てを失うことになる。200海里ですよ? その膨大な国家の損失が、本当にイメージできているのかと思いますね。

――住本さんが特殊警備隊時代、特に印象に残っている任務は何でしょうか?

住本 責任が重かったという意味では、フランスのシェルブールから日本にプルトニウムを120日かけて運ぶ任務でした。積んだ状態は危険だから人のいる場所に近寄るなということで、南極近くを通りながら東西を移動します。テロ組織や奪取をもくろむ国に奪い取られないように、24時間態勢で警備していました。

――いつトラブルが起きるかわからない状況だったんですね。

海保時代の住本祐寿さん

住本 実際にレーダーでは、3隻の潜水艦がずっと後をついてきていましたし、陸地に近づけば飛行機が偵察にやってきていました。船のコンピューター室からはずっと日本に向けて電波を飛ばしていましたが、30分間その電波が途絶えれば、敵国から奇襲を受けたとみなされ、奪取される前にアメリカ軍などが船を沈めに奇襲に来ることになっていました。

 私たち自身も自爆するように、本庁から命令を受けていました。任務に選ばれた際に海保の本庁に出向き、トップから「わかってるよね?」と……。

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