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「橘さんはもっと噓つきになればいい」EXILE橘ケンチが初小説を発表、作家・北方謙三が伝授した「飛躍のカギ」とは

北方謙三さん、橘ケンチさん特別対談 #1

2023/04/10

source : 別冊文藝春秋

genre : エンタメ, 読書, 音楽, 芸能

note

肉体表現が鮮やかに綴られている

 そもそも踊ってるときの感覚自体が自分のなかにしか存在しないものだから、それをいったいどうやってひとに伝えたらいいんだろうって悶々としてました。でも、ある時から楽しくなってきたんです。

 100人ダンサーがいたら100通りのパフォーマンスと身体感覚が存在するわけで、自分の感覚を言葉にできるのはまさに自分だけなんだ――それってすごいことですよね。それに気づいてわくわくして、記憶を一つ一つ手繰りながら、その時々に自分の身体が感知していたことを探っていく作業がすごく面白くなって。

北方 その甲斐あって、すごくよく書けていると思いますよ。肉体表現が鮮やかに綴られている。

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 ただ、欲を言えば橘さんの誠実な人柄が出すぎていて、だいたい「こうなるだろうな」と安心して読めちゃうところがもったいないな、と思いました。まあ、誰でも最初はそうなるものなんですけどね。だけど、ここからもう一歩飛躍して、人間の真実みたいなものに触れることができたら、橘さんはもっといい小説が書けると思います。

 真面目すぎるってよく言われます……。

©文藝春秋

小説家は噓つきたれ

北方 ダンサーとしての橘ケンチはそれでいいんですよ。だけど作家としてのあなたはもっとわがままになっていい。その気になればどこまででも飛躍できるのが小説の面白いところだから、そんなに真面目に考えずに、どんな素っ頓狂なことでもいいから盛り込んでみるといいと思いますよ。

 小説ってね、ある意味「噓」を書くものなんです。噓のなかに人間の真実がある。だから、橘さんはもっと噓つきになればいいと思います。踊りで噓はつきたくないだろうけど、小説でつく噓は、みんなに喜ばれるんだから。噓に怯(ひる)む必要はないよ。

 それをお聞きして、ちょっと気が楽になりました。今回はむしろ、自分のなかで「噓がないように」と考えていて、それが苦しかったので……。でも「噓」って、どういうふうに書けばいいんですか? 

©文藝春秋

北方 書く人間や登場人物の心は無限なので、まずはその無限を求める。それが正しい噓の書き方だと思います。

 あとは、選択ですね。たとえば本当のことを書く私小説では、真実を選択するときに噓をつく。つまり、どれを書いて、どれを書かないかということなんだけど、橘さんも心の中にある醜いこととか憎らしいことは、今回あんまり書かなかったでしょ? でも、『パーマネント・ブルー』を書きながら人生を振り返って、絶対に、水に流そうとしても流せなかったことなんかも一緒に思い出したと思うんです。

 ありました、ありました。自分では水に流したと思っていたことが実は流し切れていなかったことも発見できました。