昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載地方は消滅しない

2018/02/20

 摘発後、豊島には「ゴミの島」というレッテルが張られた。風評被害は深刻だった。修学旅行で島を出た中学生が「ゴミの島から来たのか」と暴言を吐かれることもあった。

 島民は島ぐるみで、投棄を黙認した香川県の責任を追及した。知事が謝罪した同県は、昨年3月までに14年の年月をかけて、約91万トンもの産廃を島外に搬出した。

 まだ地下水の浄化が残っており、その過程で土中に残留した汚泥が見つかるなどしているものの、産廃の処理は終了した。

産廃の搬出が終わった跡地。地下水の処理が続いている

 この間、島の人口は激減した。

 そもそも農業で食える時代ではなくなった。漁業もやせ細った。灯籠などに使われる豊島石の産地でもあったが、庭を造る家が減って、石切り場を閉鎖した。島にはこれといった産業がない。加えて「ゴミの島」のレッテルが島民流出に拍車を掛けたとされる。産廃のイメージが強くては移住者の誘致もできなかった。

「かつては3600人ほどの人口がありましたが、今や800人前後です。そのうち約200人が80歳以上。高齢化率は55パーセントを超えています」と三宅さんは話す。

 山本さんは87年から6期24年間、土庄町議を務め、「過疎化を食い止めたい」という一心で公共事業を進めた。「道路や港の整備で離島の不便さが解消されたら人が戻る」と信じたからだ。だが、過疎化に歯止めは掛からなかった。

 悔しさを胸に町議からの引退を決め、残りの任期が2年になった頃のことだ。副町長から「美術館の計画を知っているか」と尋ねられた。

 瀬戸内海の島々で現代アートの作品を展示する「瀬戸内国際芸術祭」(実行委員会会長・香川県知事)が10年から3年ごとに行われる予定になっていたが、これに合わせて福武財団が豊島に美術館の建設を考えているというのだった。

 同財団はベネッセホールディングス(岡山市)の福武沿一郎名誉顧問が理事長を務める。隣の直島(なおしま/香川県直島町)では美術館を建設し、アートの島として、若者の訪れる観光地に生まれ変わらせていた。

「これにすがるしかない」と山本さんは思った。仲のいい直島町議に尋ねると「福武さんは直島で新美術館を計画し、候補地まで決めていたのに、急に豊島に持っていくと言い出した。早く土地を確保したほうがいいぞ」とアドバイスされた。