薬師丸ひろ子自身は、自分の芸能界デビューの経緯についてこう語っている。
「実は、たまたま私の写真を撮った人がいて、その方が私の知らない間にオーディションに応募していたんです。私は何の演技もしたことがないし、オーディションには落ちるつもりで行きました」(『日経ビジネス』2006年2月20日号)
春樹氏に手渡されたという写真との関係性はいまもって判然としないが、順子ママはこう語る。
「私は“タカギ君”が撮影した写真を見た春樹さんが、心のなかで薬師丸ひろ子さんを起用するということを決めていたのではないかと思っています。もしあのとき、彼女がもう少し年齢が上であったなら、私は間違いなく春樹さんに写真を見せず“お店で働きませんか”とスカウトしていたことでしょうね」
「写真だけで『この子だ』と直感しました」
実は、順子ママの「推測」を春樹氏本人が認めている。2020年のインタビューで、春樹氏はこう語っている。
「写真だけで『この子だ』と直感しました。目が印象的でした。オーディションの前に決めていました。私は直感を重視します。直感とは実存なんです。ひろ子より演技のうまい子はいます。綺麗な子もいます。彼女が演じた頼子は原作では小学生でした。ひろ子は中学生でしたから、設定を変えなきゃいけない」
「オーディションでつかこうへいが『ピンク・レディーを歌って』と言ったらね、ひろ子は『嫌だ』と断ったんです。その強さが気に入りました。政治家は『出たい人より出したい人』と言いますが、ひろ子も女優になりたいわけではなかった。その感じが良かった」(朝日新聞2020年10月13日)
『野生の証明』のヒロイン・長井頼子には1200名を超える応募があり、当時、日本の劇団に所属していた子役の女の子(頼子の設定は10歳だった)のほとんどがエントリーしていたという。それでも薬師丸が選ばれたのは、最終決定権のある角川春樹の「一押し」がすべてだった。