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薬師丸ひろ子(58)のデビューが決まった銀座・高級クラブの“伝説の夜” 角川春樹が真顔で「ママ、この写真、ちょっと貸してもらえないかな」と

薬師丸ひろ子(58)のデビューが決まった銀座・高級クラブの“伝説の夜” 角川春樹が真顔で「ママ、この写真、ちょっと貸してもらえないかな」と

2023/04/15

genre : ライフ, 歴史, 社会

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 1978(昭和53)年の芸能界デビュー以来、歌手、女優として息の長い活躍を続けている薬師丸ひろ子(58)。中学2年生で鮮烈な映画デビューを果たした「伝説の美少女」の第一発見者が、銀座のクラブで働くスタッフであったことはあまり知られていない。

「あれは1970年代半ばのことでした」

 そう語るのは銀座の高級クラブ「順子」のオーナー、田村順子ママである。

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「クラブ順子」開店3周年を迎えた1968年当時の順子ママ

「オーナーママにとってもっとも重要な仕事は、才能のある女の子をスカウトすることです。私自身がアンテナを張ることはもちろん、周囲の方々にもお願いして、これはという子がいれば、すぐに知らせるようにと言い聞かせておりました。当時の私は日本でいちばんの“いい女ハンター”でしたね」

「信じられないほどかわいい女の子が歩いていました」

 そんなある日、店の運転手の“タカギ君”が血相を変えて店に飛び込んできた。

「ママ、大変です」

「どうしたの、タカギ君」

「さっき青山の中学校そばを歩いていたら、信じられないほどかわいい女の子が歩いていました」

「信じられない?」

「あれほどの子は、ちょっと見たことがないですね」

 順子ママの背筋が伸びた。“いい女ハンター”が獲物を見つけたときに出る「合図」だ。

「タカギ君、写真を撮ることはできない?」

「まだ中学生だと思いますから、毎日あの道を通るでしょう」

「できるのかしら?」

「やってみます」

 順子ママが振り返る。

玉川大学文学部英米文学科時代の薬師丸ひろ子

「いまではそんな乱暴なことはしませんが、タカギ君があまりに興奮しているので、私もどんな女の子なのか、知りたかったのです。でも、いちばん写真を撮りたかったのはタカギ君だったかもしれません。さっそく翌日から張り込みを開始していましたから……」

 さっそく“タカギ君”によって撮影されたモノクロ写真が届けられた。清楚な黒髪に印象的な瞳――それは順子ママの想像のはるか上を行く、圧倒的な存在感を放つ美少女だった。