ドラツィ・ブルノは、エクストラリガで通算22タイトルを獲得している強豪だ。記事冒頭で紹介したメルガンスも今季所属している。このチームで監督を務めているのが、フィリップの父であるヒネク・チャプカで、WBCチェコ代表のコーチとしても来日していたのだ。チェコの二刀流野球選手の父子鷹だ。
「父さんは、代表監督のパヴェル・ハジムと一緒に、高校の時に野球を始めたんだ。二人は同じクラスだったからね。たしか若い時にサッカーもしてたらしいんだけど、なぜ野球になったかは忘れちゃった」
チェコ代表チームの歴史を語る上でとても興味深いエピソードなのに、フィリップ・チャプカはあっさり忘れているというので、力が抜けてつい笑ってしまった。
ハジム監督本人は、昨年WBC出場を決めた後に出演したチェコのポッドキャスト番組「Přes příkop」で、自身の野球との出会いを語っている。同級生の女の子から偶然グローブをもらったこと、家の近くに野球場があったことがきっかけだそうだ。
おそらく、そのとき一緒にキャッチボールをしていた相手が、このフィリップのお父さんなのだろう。二人は50歳を過ぎた今も、生まれ育ったブルノで野球のユニフォームを着て、ついにはチェコ代表を率いる存在となったのである。
ロッカールームにはサムライのポスターが
チャプカにも日本でのお気に入りの写真を聞いてみた。僕が撮ったんじゃなくて、チームメイトが撮ったものなんだけど……、と一枚送られてきた写真には、NPBのスローガン「野球の夢。プロの誇り。」のポスターのあるロッカールームが写っていた。
チェコの選手の荷物の奥に、ボールを見つめる侍のような人物のシルエットが浮かんでいる。チェコ語でも「samuraj(サムライ)」という単語は誰もが知っている。日本らしいデザインのポスターが彼らの心に残っているのは、素直にうれしいことだ。
フィリップ・チャプカは昨シーズンまでオーストラリアでプレイしていて、今季からオランダのチームに移籍する。これはチャレンジだからね、頑張るよと彼は力こぶの絵文字を送ってくれた。そして、日本にも必ず戻ってくる、と力強く断言した。日本に来たらぜひ会いましょう、と私も応えた。
ここ日本でも、WBCチェコ代表たちへの関心はひきつづき高い。チェコの選手たちも野球関係者も日本のファンを意識しているようで、ウェブやSNSを通してエクストラリガの様子を伝えている。
チェコ代表が日本で浮かび上がらせた野球の魅力は、私たちへの大きな贈り物だった。そして、彼らがこれからどのように日々を過ごし、日本に、または世界にあの笑顔で戻ってくるのか。私たちはそんな新たな物語の観客となってしまったに違いない。